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第五百二十八話 「足跡(タイムライン)とは、事件を解く最短ルートではなく、二人の新米刑事が二年かけて『違和感は拓海、証拠は龍平』へ辿り着くまでの時間のことである」という話

サスペンス風がめちゃ苦手。それっぽくなってればいいんだが。

七月。

世田谷署刑事課へ配属されて間もない佐伯拓海と、成城署刑事課の松本龍平。

二人が最初に合同で対応した事件は、一冊の偽造旅券から始まった。


当初は単独犯。

あるいは小規模な偽造グループ。

誰もがそう考えていた。


だが。

一件終われば、また一件。


別の日。

別の場所。

別の国籍。


それなのに、押収される旅券には同じ癖があった。

古いホログラム。

僅かにずれた印字。

ICチップの記録方法。


肉眼では気づかないほど小さな共通点。

それを最初に拾うのは、決まって拓海だった。


「松本!」


合同デスクへ飛び込んでくる。


「また見つけた!」


龍平は書類から顔を上げる。


「今回は何です。」


「クラブ。」


「また?」


「うん。」


保管袋ごと机へ放り出される旅券。


龍平は黙って手袋をはめる。


ページをめくる。


ホログラム。

IC。

発行番号。

照合。

数分後。

小さく息を吐いた。


「……また同じです。」


「だろ?」


拓海は得意げに笑う。


「何となくそんな気がした。」


龍平は呆れたように眼鏡を押し上げた。


「何となく、で持ってこないでください。」


「だって変なんだもん。」


「説明してください。」


「だから出来ねぇって。」


「……。」


龍平は小さく舌打ちする。


「本当に厄介な人ですね。」


「褒めんな。」


「褒めていません。」


それが始まりだった。


一件。

また一件。


偽造旅券が見つかるたび、拓海は現場へ走る。

龍平は証拠を積み上げる。


違和感。

証拠。

感覚。

論理。

噛み合わない。

なのに、不思議と結果だけは噛み合っていた。


夏が終わる。

秋。

張り込み。


「空振りか。」


「今日もですね。」


冬。

吐く息が白い。

深夜二時。

コンビニの缶コーヒー。


「寒ぃ。」


「黙ってください。」


「松本、お前冷てぇな。」


「今さらです。」


春。

国際照会。

また同じ特徴。


「佐伯さん。」


「ん?」


「また同じ製造元です。」


「だろうな。」


「何故です。」


「顔。」


「……。」


「お前、そういう顔してた。」


龍平は静かにため息をついた。


「本当に気持ち悪い勘ですね。」


「だから褒めんなって。」


やがて一年が過ぎた。

小さな運び屋は何人も逮捕された。

偽造旅券の押収数も増えた。


だが。

肝心の製造元だけは、姿を見せない。


捕まるのは末端ばかり。


”誰かが、綺麗に切り離している”。


そんな違和感だけが積み重なっていった。


その頃。

ハミルトングループ日本支社。


ジョージ・ラングレーは、机いっぱいに資料を広げていた。

日本で押収された偽造旅券。

英国本部から送られてきた過去の資料。


フランス。

ドイツ。

イタリア。


年代も。

事件名も。

担当部署も違う。


普通なら、繋がるはずがない。

それでも。

ジョージは一枚ずつ並べていく。


「……またか。」


同じ印字。

同じ番号の欠番。

同じ経由地。

偶然にしては、出来すぎていた。


「タクミ。」


苦笑が漏れる。


「お前さぁ。」


「普通に刑事やってるだけで。」


「なんで世界規模の事件に片足突っ込むかな。」


彼は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。


「……嫌な予感しかしない。」


机の上には、まだ一本にも繋がらない無数の点。

だがジョージには、その点が少しずつ線になり始めているように見えていた。


*************


一年半が過ぎた頃。

管内で押収される偽造旅券は、もはや一署だけでは追い切れない数になっていた。


世田谷。

成城。

渋谷。

新宿。

港区。

さらに他県。


似たような特徴を持つ偽造旅券が、まるで示し合わせたように各地で見つかる。

それぞれは小さな事件だった。


不法滞在。

密入国。

風営法違反。


薬物。

窃盗。


事件名は違う。

だが、その奥には必ず一冊の旅券があった。


警視庁。

合同捜査会議。


壁いっぱいに貼られた写真。


運び屋。

ブローカー。

偽名。

旅券番号。


赤い糸が複雑に張り巡らされている。


ベテラン刑事が腕を組んだ。


「ここまで繋がるとはな。」


龍平は静かに頷く。


「製造元は一つです。」


「ただ。」


「資金の流れが見えません。」


別の刑事が顔をしかめた。


「全部現金か?」


「いえ。」


龍平は首を振る。


「送金記録はあります。」


「ですが。」


「途中で必ず消えます。」


「誰かが切っています。」


部屋が静かになった。

その時だった。

拓海が地図を見たまま呟く。


「松本。」


「はい。」


「この工場。」


「なんか変。」


「……どこがです。」


「分かんねぇ。」


「でも。」


「ここじゃねぇ。」


龍平は数秒だけ黙る。

そして地図を一枚ずつ見直した。


十分後。

彼は静かに口を開く。


「……佐伯さん。」


「何だ?」


「工場ではありません。」


「製造設備は別です。」


「ここは保管場所です。」


拓海が笑う。


「だろ?」


「……だから、その"だろ"は何なんです。」


二年目。

二人の捜査は少しずつ変わっていた。


以前なら、

拓海が違和感を口にし、

龍平が半信半疑で調べていた。


今は違う。


拓海が違和感を拾う。

龍平は、

"違和感がある前提"

で資料を読む。


だから早い。

誰よりも早い。


夏。


「佐伯!」


「確保!」


「了解!!」


運び屋を追って住宅街を駆け抜ける。


拓海が飛びつき、

龍平が静かに手錠を掛ける。


秋。


倉庫。

押収された段ボール。

旅券。

ラミネート。

特殊インク。

偽造用の機械。


龍平が淡々と確認する。


「佐伯さん。」


「ん?」


「これで七件目です。」


「あと少しだな。」


冬。


深夜。

コンビニ前。

二人とも缶コーヒーを片手に立っていた。


「松本。」


「はい。」


「お前さ。」


「何です。」


「最初より舌打ち減ったな。」


龍平は真顔のまま答える。


「諦めました。」


「ガハハハハ!」


「失礼ですね。」


「悪い悪い。」


「褒めてます。」


「信用できません。」


そんな二人を、

少し離れた場所から見つめる男がいた。


ジョージ・ラングレー。


「……ほんと。」


「いいコンビになったな。」


拓海は違和感を拾う。

龍平は証拠へ変える。


役割は何も変わっていない。


だが。

二年前と違うのは、

互いが互いを疑わなくなったことだった。


同じ頃。


ハミルトングループ日本支社。

ジョージの机には、新しい資料が積み上がっていた。


日本。

英国。

フランス。

ドイツ。

さらにアメリカ。


彼は一枚の地図を机いっぱいに広げる。


赤いピン。

青いピン。

年代順に並べていく。


そして。

ふと手が止まった。


「……嘘だろ。」


小さく呟く。


事件は違う。

担当機関も違う。


だが。


経由地だけが、

まるで一本の線を描くように繋がっていた。


ジョージは急いで英国本部の古い保管資料を開く。


二十年以上前。

失踪事件。

旅券偽造。


密航。


そして、一つだけ。


当時の担当者が赤字で書き残していた一文。


『単独事件として処理するな。背後に組織の存在を疑え。』


ジョージの笑みが消えた。


「……そういうことか。」


彼は静かに椅子から立ち上がる。


窓の外を見る。

冬の東京。

人々は何も知らずに行き交っている。


「タクミ。」


「君たち。」


「思ってたより深い所まで来ちゃったな。」


彼は受話器へ手を伸ばしかける。


だが、止めた。


「……いや。」


「まだ早い。」


「もう少し。」


「確証が欲しい。」


ジョージは再び資料へ向き直る。


その視線はもう、日本だけを見てはいなかった。

世界地図の上を、静かに辿っていた。


**************


二年目の冬。

警視庁合同捜査本部。


深夜になっても部屋の明かりは消えなかった。


壁一面に貼られた資料。


偽造旅券。

運搬役。

押収品。

海外送金。


それらを繋ぐ赤い糸は、二年間積み重ねてきた刑事たちの足跡そのものだった。


そして、その日。


「見つけました!」


若手刑事の声が響く。

部屋中の視線が集まる。


「地下工房です!」


「場所が割れました!」


沈黙は一瞬だった。


「全班、配置につけ!」


「令状確認!」


「突入準備!」


部屋が一気に動き出す。

拓海は拳を握った。


「行くぞ、松本。」


「ええ。」


龍平は短く頷く。


もう、それだけで十分だった。


夜明け前。

都内某所。


古びた雑居ビルの地下。

重い鉄扉が開く。


「警視庁だ!」


「動くな!」


怒号。

足音。

逃げ惑う男たち。


印刷機。

特殊インク。

大量の旅券。


すべてが一斉に押収されていく。


「確保!」


「こっち一人!」


「二階制圧!」


拓海は逃げる男へ飛びかかった。


「逃がすか、バカちん!」


床へ押さえ込む。


手錠が鳴る。

その頃。


龍平は奥の部屋で押収品を確認していた。


旅券。

製造機材。

番号管理表。

海外送金記録。


「……。」


静かに一枚の書類を抜き取る。


「佐伯さん。」


「終わりました。」


拓海が笑う。


「ガハハ!」


「やっと捕まえたな!」


数週間後。


合同捜査本部。

幹部クラスの逮捕。

工房摘発。

運搬ルート壊滅。


新聞は連日大きく報じた。


警視庁、国際偽造旅券組織を摘発

合同捜査本部、大きな成果


署内には笑顔が溢れていた。


「佐伯!」


「松本!」


「お疲れ!」


「若いのによくやった!」


肩を叩かれる。

拍手が起こる。

誰もが事件の終結を信じていた。


ただ二人だけを除いて。


夜。


合同デスク。

静まり返った室内。


拓海は押収された旅券を一冊だけ手に取る。


何度も見た旅券だった。

何度も追いかけた番号だった。


そして。

静かに呟く。


「……終わってねぇ。」


龍平が顔を上げる。


「何故そう思います。」


「こいつら。」


拓海は旅券を机へ置いた。


「パスポートを作る奴らだった。」


「うん。」


「でも。」


「作る理由は。」


「まだ残ってる。」


龍平は何も答えない。

代わりに、机へ一枚の資料を置いた。


海外送金。

複数の口座。


そして。

途中から、すべてが消えている。


「佐伯さん。」


「消えた、ではありません。」


「……。」


「切られました。」


拓海は資料を見つめる。


数秒後。

苦笑した。


「トカゲの尻尾か。」


龍平は静かに頷いた。


「ええ。」


「私も、そう思います。」


部屋には、二人しかいなかった。


だが。

その沈黙だけで十分だった。


二年間。


違和感を拾い続けた男。


二年間。

証拠を積み上げ続けた男。

もう説明はいらない。


拓海が「変だ」と言えば、

龍平は「調べます」と返す。


龍平が「切られました」と言えば、

拓海は「まだ上がいる」と理解する。


二人はいつの間にか、

互いの思考を補い合う”相棒”になっていた。


その頃。


極東のどこか。

窓のない部屋。

白い照明だけが静かに灯っている。


男①は一枚の報告書へ目を落としていた。


「偽造旅券班。」


部下が答える。


「はい。」


「壊滅しました。」


「証拠は。」


「すべて処分済みです。」


「関係者は。」


「切り離しました。」


男①は小さく頷いた。


「予定通りだ。」


画面が切り替わる。

表示された二枚の顔写真。


佐伯拓海。

松本龍平。


男①は静かに眺める。


「……。」


部下が恐る恐る尋ねた。


「監視対象へ追加しますか。」


男①は答えた。


「追加ではない。」


「優先順位を上げろ。」


一瞬だけ、目を細める。


「この二人は。」


「少々、目障りになってきた。」


それだけだった。


部下は黙って頭を下げる。

画面には新たな文字が表示される。


Priority:A


同じ夜。

ハミルトングループ日本支社。


ジョージ・ラングレーは、英国から届いた古い資料と、

日本の捜査資料を並べたまま立ち尽くしていた。


偽造旅券。

失踪事件。

密航。

人身売買。


二十年以上、別々に存在していた点が、一つの線になっている。


「……やっぱり。」


受話器を手に取る。

呼び出し音が数回。


『――ジョージ。』


聞き慣れた声だった。


「ハミルトン様。」


『どうした。』


「タクミたちが。」


「偽造旅券組織を潰しました。」


短い沈黙。


『……そうか。』


「ですが。」


ジョージは静かに続けた。


「終わっていません。」


「ええ。」


『私もそう思う。』


「英国の資料。」


「日本の事件。」


「全部繋がりました。」


今度は少し長い沈黙が流れた。

窓の外では、ウィルトシャーの夜霧が静かにハミルトンホールを包んでいる。

エドワードは机の上に置かれた万年筆を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「ジョージ。」


『はい。』


「資料を集め続けてくれ。」


「まだ断定はできない。」


「だが。」


翡翠の瞳が夜の庭園へ向けられる。


「……嫌な予感がする。」


その言葉だけだった。


まだ若き伯爵は知らない。

二年かけて潰した組織が、巨大な怪物の尾にすぎなかったことを。


そして。

その怪物が今まさに、親友・佐伯拓海へ静かに視線を向け始めていることを。


ウィルトシャーの夜は静かだった。


だが誰にも気づかれないまま。

止まっていた歯車は、もう一度ゆっくりと回り始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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