第五百二十六話 「相棒(バディ)とは、極東で築かれた最新の肩書きを通信越しに知った西欧の魔王が、本日四本目の万年筆を素手で大爆破する現象のことである」という話
エドワードが何年もかけてほしがっていた場所を松本君にかっさらわれたってやつ
深夜。
ウィルトシャー・ハミルトンホール。
新たに伯爵位を継ぎ、広大なハミルトングループを率いることとなったエドワード・ハミルトンは、
世界で一番ツヤのない真顔(鉄仮面)のまま、机いっぱいに積まれた書類へ黙々とペンを走らせていた。
数兆ポンド規模の案件。
世界各国の支社から届く報告書。
契約書。
監査資料。
今日も魔王は元気に通常運転である。
そんな執務室へ、日本支社から一本の定期連絡が入った。
スピーカー越しに聞こえてきたのは、聞き慣れた青年の声。
ジョージ・ラングレーだった。
『こんばんは、ハミルトン様。』
「久しいね、ジョージ。」
『日本は今日も平和ですよ。』
「それは何よりだ。」
『タクミも相変わらずです。』
「そうか。」
『今日もマヨネーズを常識の範囲外まで摂取して、元気に世田谷を走り回ってました。』
「……そうか。」
エドワードは表情一つ変えない。
ジョージも慣れたものである。
『あと、成城署の松本刑事と、また合同事案で組まれてました。』
「松本君か。」
エドワードは静かに頷く。
「優秀な刑事だ。」
「タクミの直感を、証拠へ落とし込める。」
「冷静で判断も早い。」
「彼が隣にいてくれることは、私としても安心して見ていられる。」
ジョージは笑う。
『でしょう?』
『最初は骨の髄まで犬猿だったんですけどねぇ。』
『最近じゃ息ぴったりですよ。』
『佐伯が違和感を拾って、松本刑事が法令と証拠で固める。』
『現場じゃもう"佐伯と松本"で一つのコンビです。』
「…………。」
ギリギリギリギリ……
誰にも聞こえない程度に、エドワードの顎が軋んだ。
ジョージは気付かない。
『この前なんて、二人で刑事課に泊まり込みですよ。』
『合同資料を朝まで作ってて。』
『途中でタクミが机に突っ伏して寝ちゃったら、松本刑事が何も言わずに缶コーヒー買ってきて
机に置いていったんです。』
『いやぁ、何だかんだ仲いいですよね。』
パキッ。
エドワードの手の中で、万年筆が静かに折れた。
『……あれ?』
ジョージが首を傾げる。
『今、何か折れませんでした?』
「……気のせいだ。」
『そうですか?』
「続けてくれ。」
『はい。』
ジョージは全く疑わない。
『あと署内でも評判いいですよ。』
『若手じゃ一番息が合うって。』
『ベテラン刑事も"佐伯と松本を呼べ"って感じで。』
ギリギリギリギリ……
今度は書類を持つ手に力が入る。
そこへ、静かに扉がノックされた。
「失礼いたします。」
長年ハミルトン家に仕える老執事が、銀の盆を持って入ってくる。
「旦那様。」
「本日四本目でございます。」
「新しい万年筆をお持ちしました。」
エドワードは折れた万年筆を見つめ、小さくため息をついた。
「……ありがとう。」
「あとで補充しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
老執事は一切表情を変えない。
どうやら伯爵が万年筆を折ることは、もはや屋敷の日常らしい。
一方その頃。
電話の向こうでは。
『そうそう。』
ジョージが、悪意ゼロのまま最後の一撃を放つ。
『もう完全に"バディ"扱いですよ。』
『タクミも、過酷な刑事課で本当に信頼できる相棒ができたんだなぁって。』
『ジョージ、ちょっと感動しました。』
……
……
……
エドワードは静かに目を閉じた。
「……ジョージ。」
『はい?』
「今、何と言った?」
『え?』
『だから、相棒です。』
『最高のバディじゃないですか。』
ギリギリギリギリギリギリギリギリ……
屋敷中に響きそうな勢いで、魔王の精神が軋む。
だが、それでも鉄仮面は崩れない。
エドワードは深く息を吐き、静かに天井を見上げた。
(……優秀なのは分かっている。)
(感謝もしている。)
(松本龍平は、タクミにとって必要な刑事だ。)
(だが。)
(夜の刑事課で缶コーヒーを差し入れ合う時間も。)
(現場で背中を預け合う時間も。)
(互いの癖を知り、何も言わず通じ合う、その積み重ねも。)
(全部――私が、かつて一番欲しかった時間なのだが。)
その頃。
ジョージはそんな魔王の内心など知る由もなく、日本支社で次の報告書へ目を落としていた。
『あ、でも安心してください。』
エドワードがゆっくり顔を上げる。
『タクミ、松本刑事のことは普通に"松本"って呼んでます。』
『"エド"って”愛称”で呼ぶのは、今でもハミルトン様だけですよ。』
……
静寂。
ほんの数秒後。
エドワードは小さく口元を緩めた。
「……そうか。」
『はい?』
「いや。」
「何でもない。」
老執事は静かに新しい万年筆を机へ置く。
「旦那様。」
「どうやら一本で足りそうでございます。」
エドワードは新しい万年筆を手に取り、何事もなかったかのように書類へ向き直った。
「……仕事を続けよう。」
その横顔は、相変わらず世界で一番ツヤのない鉄仮面だった。
ただし………
本日の精神的ダメージは、最後の一言によって約一割だけ軽減された。なお、万年筆四本は戻らない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




