第四十九話 「古典文学は、防衛陣地(テリトリー)の構築だ」という話
エドワード君は日本に何しに行くつもりなんだろう…
四月。イースター休暇、終盤。
静まり返った寮の廊下。
その中央。
相変わらず鎮座するテント――籠城拠点。
その中で、
エドワードが、膝の上に分厚い本を広げたまま、深刻な顔で唸っていた。
ページをめくる音だけが、やけに大きく響く。
「……タクミ」
低い声。
「……私は、決定的な解に辿り着いたぞ」
「……嫌な予感しかしねぇな」
拓海はカップ麺をすすりながら、覗き込む。
「今度は何だよ。……『伊勢物語』か」
「……ああ」
エドワードの指が、一つのページで止まる。
紙を押し潰す勢いで、ある一節をなぞる。
「……この『芥川』の章だ」
「……業平な」
「……男は、女を盗み出し」
一拍。
「雷の鳴る夜」
さらに一拍。
「荒れ果てた蔵へと避難させた」
「まぁ、そういう話だな」
「……合理的だ」
「は?」
エドワードの目が、静かに細まる。
「……外部環境は極めて不安定」
指でページを叩く。
「雷。暗闇。未知の存在(鬼)」
「まぁ、危険だな」
「ゆえに」
一拍。
「隔離する」
「いや、そこは普通だろ」
「だが」
エドワードは続ける。
「詰めが甘い」
「何がだよ」
「……結果として」
ページをなぞる。
「女は奪われた」
「まぁ、そうだな」
「つまり」
エドワードが顔を上げる。
「防衛強度が不足していた」
「そこ違うだろ!!」
思わず即答する。
「鬼が来るとか想定外だろあれ!!」
「想定しろ」
「いや無茶言うなよ!」
エドワードはすでに別の資料を引っ張り出していた。
ジョージのバインダー。
サエキ家の間取り図。
「……タクミ」
「やめろ」
「お前の実家に、蔵はあるか」
「あるけどやめろ」
「構造は」
「やめろっつってんだろ」
「……そこに」
エドワードは淡々と言う。
「ナツミを収容する」
「それ普通に犯罪だわ!!」
「さらに」
指で空間を描く。
「レーザーセンサー」
「おいやめろ」
「自動機銃」
「だからやめろ!!」
「……完全防衛だ」
「ただの要塞だろ!!」
「……まだある」
「まだあんのかよ」
ページがめくられる。
今度は『源氏物語』。
「……『若紫』の章」
「うわ出た」
「……光源氏は」
一拍。
「幼少個体を保護し」
「言い方」
「育成した」
「言い方!!」
「……これは」
エドワードが静かに言う。
「先行投資だ」
「急に経済用語使うな」
エドワードが、拓海の肩を掴む。
真顔。
「……タクミ」
「何だよ」
「佐藤は」
一拍。
「泥遊びをしている」
「してたな昔な」
「……つまり」
さらに一拍。
「初期投資が完了している」
「やめろ」
「私は」
エドワードは続ける。
「そのログを持っていない」
「持たなくていい」
「……ならば」
一瞬、間を置く。
「未来を買い占める(バイアウト)しかない」
「株じゃねぇよ!!」
「……夏休み」
エドワードが静かに言う。
「私は日本へ行く」
「知ってる」
「そして」
一拍。
「お前の神社に」
嫌な予感。
「……六条院を建設する」
「やめろ」
「高度を確保する」
「やめろ」
「視界を遮断する」
「やめろ!!」
「……佐藤が存在できない空間を構築する」
「建築法違反だわ!!」
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談話室の隅。
ジョージが、震える手でペンを走らせていた。
ページがめくられる。
インクが滲む。
【サエキ事変・四月某日】
一拍。
【ハミルトン、平安文学を防衛戦略として再解釈】
さらに書く。
【『監禁』『隔離』『育成』の三要素を抽出】
「抽出すんな」
拓海が低く言う。
ジョージは止まらない。
【日本上陸作戦、『源氏計画』へ移行】
さらに一拍。
【佐藤(鬼)の生存確率:0.02%】
「いや、殺すな」
「計算だ」
「だからやめろ」
「統計だ」
「やめろってばよぉ…」
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「……タクミ」
エドワードが呼ぶ。
「今度は何だよ」
「安心しろ」
一拍。
「私は合理的だ」
「一番信用できねぇよそれ」
「……すべては」
エドワードは静かに言う。
「構造的に、正しい」
沈黙。
「……お前な」
拓海は、深くため息をついた。
「古典、読むのやめろ」
「却下する」
即答だった。
その声だけは、妙に迷いがなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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