第四十八話 「日本攻略ガイドは、不純物(ライバル)を許さない」という話
佐藤君気の毒に…てか佐藤君は誰のライバルなんだろう
四月。イースター休暇、後半。
静まり返った寮の廊下。
その中央に鎮座する、例のテント―通称「籠城拠点」。
その内部では。
明らかに規模と方向性を間違えた会議が、粛々と進行していた。
テーブルの上。
分厚いバインダー。
無駄に重厚なタイトル。
【日本遠征・攻略ガイド:サエキ家潜入及び本土決戦編】
「……報告しろ。ジョージ」
エドワードが、低く促す。
声はいつも通りだが、空気は明らかに“任務中”だった。
「ハミルトン様」
ジョージが眼鏡を押し上げる。
「サエキ家の間取り推定は完了しております」
一拍。
ページをめくる。
「また、実家である神社の周辺地図を基に――」
さらに一拍。
「『ナツミ』の出現ポイントをヒートマップ化しました」
「……見せろ」
地図が広げられる。
赤い円。
無駄に細かい分布。
「……ふむ」
エドワードが頷く。
「……時間帯別に密度が変動しているな」
「はい」
ジョージも頷く。
「登校前、放課後にピークが確認されました」
「……構造的に」
エドワードが静かに言う。
「待ち伏せが可能、ということか」
「はい。極めて高確率で接触可能です」
「……お前ら」
そのとき。
テントの外から声。
「何やってんだよ、俺の部屋の前で!!」
拓海だった。
扉を開け、呆れた顔でこちらを見ている。
「軍事会議かそれ」
「違う」
エドワードが即答する。
「ただの準備だ」
「何のだ?」
「夏季休暇だ」
「やめろ」
「……タクミ」
エドワードは一瞥する。
「お前は黙っていろ」
「黙るわけねぇだろが」
「これは」
一拍。
「日本を“強度”で制圧するための合理的な準備だ」
「侵略じゃねぇか」
そのとき。
――ブブッ。
拓海のスマホが震えた。
軽い通知音。
だが、この空間では妙に目立つ。
「……あ」
拓海が画面を見る。
「菜摘だ」
わずかに空気が変わる。
ほんのわずかに
エドワードの視線が動く。
「……読むのか」
「読むだろ普通」
「……声に出すな」
「なんでだよ」
拓海は気にせず開いた。
そして、そのまま読む。
『拓海! こっちは新学期だよ。
あ、聞いて! 今度のクラス替えで、佐藤康平君と同じクラスになったの!
覚えてる? 小学校の時に一緒に泥遊びした――』
沈黙。
テントの中の温度が、確実に3℃は下がった。
「……タクミ」
エドワードが呼ぶ。
声が、低い。
「何だよ」
「その『佐藤』とは、誰だ」
「ただの同級生」
「……ただの?」
「ただのだよ」
一拍。
「ガキの頃ちょっと遊んだだけ」
「……泥遊び」
エドワードが繰り返す。
ゆっくりと。
「……幼少期からの接触履歴があるということか」
「その言い方やめろ」
「……同一の空間」
さらに続ける。
「同一の時間」
一拍。
「五日間、八時間」
「学校だからな」
「……密度が高い」
「高くねぇよ普通だろ」
「……極めて危険だ」
「危険じゃねぇって言ってんだろ!!」
エドワードは、ゆっくりとバインダーを閉じた。
そして、ジョージの方を見る。
「……ジョージ」
「はい」
「新規項目を追加しろ」
「内容は」
一拍。
「『サトウ』だ」
「おいやめろ」
「身体能力」
エドワードは続ける。
「学力」
さらに。
「社会的ポジション」
「いらねぇよ」
「……そして」
わずかに間を置く。
「泥遊びの強度」
「測るな」
「了解しました!」
ジョージはすでに書き始めていた。
「敵性個体として登録します」
「登録すんな!!」
エドワードは、スマホの画面をじっと見つめている。
菜摘の文字。
その向こうにある“距離”。
「……タクミ」
「何だよ」
「お前がいない空間で」
一拍。
「不純物が混入することは、許されない」
「だから学校だって言ってんだろ」
「……私の強度が届かない距離で」
さらに続ける。
「お前との履歴が、上書きされる可能性がある」
沈黙。
「……エド」
拓海が少しだけ低く言う。
「顔、怖いぞ」
「……問題ない」
エドワードは即答した。
だが、その手はすでに動いていた。
地図を広げる。
ペンを取る。
そして。
とある地点に、大きく印をつける。
「……ここか」
「どこだよ」
「推定位置だ」
「ハァ……やめろ」
「……夏休み」
エドワードが静かに言う。
「私は日本へ行く」
「知ってる」
「そして」
一拍。
「その『サトウ』という構造体に対し」
さらに一拍。
「ハミルトンの格を示す」
「てかやめろ」
「論理的に」
「や・め・ろ」
「完全に」
「やめろってんだろが!!」
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その日のジョージの記録。
【サエキ事変・四月某日】
【東洋より、新たな伏兵の存在を確認】
一拍。
【ハミルトン、“嫉妬”という非合理エネルギーを取得】
さらに一拍。
【これを“排除”へ転換する動きを確認】
最後に。
【戦線は、成田空港を越え、サエキの母校へ拡大】
「……ジョージ」
低い声。
「それ、消せ」
「記録だ」
「やめろ」
「歴史だ」
「殺すぞ」
静かな寮に。また一つ、どうでもいい戦争が増えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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