第四十七話 「ビデオ通話は、国境を越えた”強制捜査”だ」という話
夏休み連れてくんだW
四月。イースター休暇。
「籠城戦」の二日目。
寮は、相変わらず静かだった。
足音もない。
話し声もない。
ただ、壁の向こうで、誰かが“生きている気配”だけがする。
(……いや、一人じゃねぇんだけどな)
拓海は、ベッドの上でカップラーメンを啜りながら、小さく息を吐いた。
スマホの画面には、日本の自宅が映っている。
「……拓海。飯はどうしている」
低い声。
父・和也だ。
書斎の椅子に座り、こちらを見ている。
「適当」
拓海は箸を止めずに答えた。
「今もカップ麺」
「栄養が偏る」
「分かってる」
「分かっていない顔だな」
「うるせぇ」
軽い応酬。
だが。
その目は、完全に“見る側”の目だった。
「……親父、非番か」
「ああ」
一拍。
「休暇中だ」
さらに一拍。
「……そっちは」
視線が、わずかに動く。
「平和か」
その言葉と同時に、空気が少しだけ変わる。
(……来たな)
拓海は、ほんの一瞬だけスマホの角度を調整した。
背後の扉、その向こうにある“異物”。
それが映らないように。
「ああ、平和だよ」
できるだけ自然に言う。
「誰もいねぇし」
「……そうか」
和也の視線が、画面の端をなぞる。
わずかな違和感。
それを拾い上げるように。
そのとき。
シュルッ。
背後の扉が、音を立てて開いた。
(……あ、終わった)
「……タクミ。……生体反応(空腹)を検知した」
聞き慣れた声。
「……私のスコッチエッグを―」
「……ッ!!」
拓海が振り返る。
「お前、入ってくんなっつっただろ!!」
だが、もう遅い。
画面の端に、金髪の少年が映り込む。
整いすぎた顔。
そして。
明らかに“普通ではない”目。
沈黙。
その瞬間、画面の向こうの空気が、変わった。
「……拓海」
声が低くなる。
「今の、金髪の個体は何だ」
「個体言うな」
思わず反射する。
だが、言い直す。
「……あー、えっと」
言葉を探す。
探すが、見つからない。
その横から。
「……タクミ」
エドワードが、自然に画面を覗き込んできた。
「……この端末の向こうにいるのは誰だ」
一拍。
「……構造的に、お前と類似している」
「似てねぇよ」
「DNA的に」
「やめろ」
「……私の名は、佐伯和也だ」
画面越しに、和也が名乗る。
声は静かだが、完全に“仕事モード”だった。
「……貴公が、例の『過剰なホワイトデー』の差出人か」
「……なるほど」
エドワードの目が細まる。
わずかに、楽しそうに。
「……和也・サエキ」
一拍。
「……タクミの『根源』か」
「その言い方やめろ」
「……私はエドワード・ハミルトン」
軽く胸を張る。
「……タクミの現在を、構造的に管理している」
「……管理、だと?」
和也の眉間に、皺が寄る。
空気が一段階、重くなる。
「……息子が、不当な拘束を受けているという報告はないが」
「……拘束ではない」
即答。
「最適化だ」
「同じだ」
「違う」
「同じだ」
完全に衝突していた。
「……現在、私は彼の居住区の前に防衛陣地を構築し」
エドは淡々と続ける。
「24時間体制で観測を――」
「……拓海」
遮るように、和也が言う。
「今すぐそこを離れろ」
一拍。
「これは、事件だ」
「いや違うって!!」
拓海が叫ぶ。
「事件じゃねぇよ!!」
スマホを引っ掴み、カメラを廊下へ向ける。
映る。
巨大なテント。
明らかに異様な存在。
「……ほら見ろ!!」
拓海が叫ぶ。
「ただのバカだろ!! 変なテント張ってるだけだろ!!」
沈黙。
和也は、数秒間、何も言わずにその光景を見つめた。
そして。
短く息を吐いた。
「……なるほど」
一拍。
「……異常者か」
「……否定する」
エドワードが、即座に割り込む。
「……これは」
一拍。
「『愛(構造的執念)』の証明だ」
「重いわ」
拓海が呟く。
「……拓海」
和也が言う。
「夏休み」
一拍。
「そいつを連れて帰るつもりか」
「……あー」
逃げ場がない。
「……多分、そうなる」
「……分かった」
和也は、手元のメモ帳に何かを書き込む。
ペンの音がやけに大きく響く。
「……成田で」
一拍。
「厳重な検問を用意しておく」
「いや、やめろ」
「以上だ」
―プツッ。
通話が切れる。
静寂。
拓海は、その場に崩れ落ちた。
「……詰んだ」
小さく呟く。
「……俺の夏休み、空港で止められる……」
「……問題ない、タクミ」
エドワードは、満足げにテントへ戻りながら言った。
「……お前の父の強度は、予想以上だった」
一拍。
「日本の警察権力……攻略しがいがある」
「攻略すんな!!」
拓海が叫ぶ。
「仲良くしろ!!」
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後日。
ジョージの記録。
【サエキ事変・四月某日】
【ハミルトン、東洋の法執行機関と接触】
一拍。
【事実上の宣戦布告が成立】
さらに続ける。
【次なる戦場は――成田空港】
「……ジョージ」
低い声。
「それ、消せ」
「歴史だ」
「だめだ、やめろ」
「記録だ」
「殺すぞ」
静まり返った寮に、再び小さな騒音が戻った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




