第四十六話 「休暇中の寮は、一対一の「要塞」だ」という話
拓海にとってエドワードは猫的なもん
四月。イースター休暇。
パブリックスクールの喧騒は、嘘のように消えていた。
廊下には足音がない。
談話室の笑い声もない。
ただ、遠くで風が窓を叩く音だけが、静かに響いている。
(……ふぅ、やっと静かになったな)
拓海は、誰もいない廊下を見渡して、小さく息を吐いた。
荷物も少ない。
予定もない。
呼び出しも、噂も、何もない。
(……ヘヘッ最高じゃねぇか)
ようやく手に入った「一人の時間」。
その確信を抱いたまま、部屋の扉を開ける。
そのままベッドにダイブしようとした瞬間……
「……タクミ。……防衛線の構築は完了したぞ」
止まる。
(……は?)
聞き慣れた声。
そして、今この瞬間に一番聞きたくなかった声。
ゆっくりと振り返る。
扉を開ける。
「……何だ今の」
廊下を見る。
そして、固まった。
「……お前、……何やってんだよ」
そこは自分の部屋の正面。
廊下のど真ん中に。
明らかに場違いなスケールのー
”極地仕様・完全防水テント”が、堂々と設営されていた。
「観測だ」
テントの入口がめくれ、エドワードが顔を出す。
手には、なぜか赤外線サーモグラフィ。
「……他の個体(生徒)が排除された今、……お前というサンプルを、
24時間体制で観測できる環境が整った」
「おいサンプル言うな」
「……管理コストが大幅に低下した」
エドは続ける。
「余剰リソースを、……お前の『生態解析』に集中投下する。……合理的判断だ」
「うるせぇ合理的じゃねぇよ」
拓海は即座に言った。
「邪魔だよ。完全に通路塞いでるだろ」
「問題ない」
「あるわ!」
「寮監には説明済みだ」
「は?何て?」
一拍。
「……『東洋の賢者の護衛任務』だ」
「だからやめろ」
さらに一拍。
「寄付金(物理的な強度)で納得させた」
「クソ買収してんじゃねぇか!!」
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結局。
エドワードは、動かなかった。
一歩も。
拓海が扉を開ければ、すぐに反応する。
「……移動開始」
「だからやめろ」
「歩数、五」
「数えるな」
「速度、正常」
「報告いらねぇ」
カメラが向く。
完全に監視だった。
「……お前、暇なのか?」
拓海が呆れたように言う。
「暇ではない」
エドは、淡々と答える。
「お前の『日常』という名のブラックボックスを解析しているだけだ」
「だからやめろって」
テントの中から、ガサゴソと音がする。
エドが取り出したのは――
「……タクミ。栄養補給だ」
「何だそれ」
「スコッチエッグだ」
しかも、無駄に高級そうなやつ。
「……これを摂取し、代謝の強度を見せろ」
「実験すんな」
「データが必要だ」
「いらねぇよ」
拓海はため息をついた。
そして、ふと思い出したように言う。
「……てか、お前さ」
「何だ」
「実家帰んなくていいのかよ」
一拍。
エドの動きが、ほんの少し止まる。
「……帰る必要はない」
短い答え。
でも、ほんのわずかに、視線が落ちる。
「……母のいない城より」
言葉が続く。
「……お前という『構造体』がいる、この場所の方が」
さらに一拍。
「情報密度が高い」
静かだった。
誇張も、照れもない。
”ただの、事実”のように。
「……」
拓海は、何も言わなかった。
言えなかった。
(……あー、もう)
胃のあたりを押さえる。
(そういうの、やめろっての……)
さっきまで、ただのバカだと思っていたのに。
その奥にあるものを、急に見せられると――
追い出せなくなる。
「……分かったよ」
小さく言う。
「中、入れ」
「拒否する」
即答だった。
「……私は、守護者としての位置を維持する」
「維持すんな」
「ここが最適だ」
「違う」
「ここであれば」
エドは続ける。
「お前の行動を、即時に把握できる」
「だからそれが問題だって言ってんだよ」
一拍。
エドは、ほんの少しだけ言葉を選んだ。
「……この距離が」
さらに一拍。
「最も安定している」
沈黙。
「……寂しいんだろ」
拓海が言う。
「違う」
即答。
しかし、ほんのわずかに、間があった。
「……ただ」
続ける。
「お前の心拍音が、この距離で聞こえる」
一拍。
「それだけだ」
「それが寂しいって言うんだよ」
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翌朝、静かな寮に、足音が戻る。
ジョージだった。
「……忘れ物を取りに来たが」
足を止める。
目の前の光景に、固まる。
拓海の部屋の前。
潰れかけたテント。
そして。
その前で。
壁にもたれた拓海。
その膝の上で、すやすやと眠るエドワード。
「……」
ジョージは、震える手でノートを取り出した。
そして、書く。
【サエキ事変・四月某日】
ペンが止まらない。
【ハミルトン、拓海の居住区を武力占領(籠城)】
さらに続ける。
【サエキは、……もはや逃げ場のない『ハミルトンの私有地』へとアップデートされた】
「……ジョージ」
低い声。
「……それ、書くな」
「記録だ」
「やめろ」
「歴史だ」
「殺すぞ」
寝不足で目の下にクマを作った拓海の声が、
静まり返った寮に、静かに響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




