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第四十五話 「卵(エッグ)は、情報のブラックボックスだ」という話

まぁまぁしんみり?

三月下旬。

イースター休暇を目前に控えた学園は、どこか浮ついた空気に包まれていた。


授業の合間のざわめきも、

談話室の笑い声も、

普段よりほんの少しだけ軽い。


その中心にあるのが……


「……本日、エッグハントが実施される」


ジョージが、いつも通り無駄に重々しく宣言した。


談話室の一角。

数人が集まっている。


「寮対抗。指定区域内に隠された卵を探索し、最も多く確保した寮が勝利する」


「へぇ」


拓海はリンゴをかじりながら答えた。


「普通に遊びじゃねぇか」


ジョージは、静かに首を振る。


「違う」


一拍。


「これは、情報戦だ」


「だからそれやめろって言ってんだろ」


だが、周囲はすでに真剣だった。


色とりどりの卵。

微妙に意味ありげな配置。

そして、誰が仕掛けたのか分からない“意図”。


「……タクミ」


横から、低い声。

エドワードだ。

すでに観察モードに入っている。


「何だよ」


「色彩だ」


「は?」


エドワードは、テーブルの上に置かれたサンプルの卵を指差した。


「この配色」


指先で、赤と青の境界をなぞる。


「単なる装飾ではない」


「ただ塗ってるだけだろ」


「違う」


即答。


「心理だ」


「は?誰の」


「配置者の」


「いねぇよそんなやつ」


だが、エドワードは止まらない。


「暖色は誘導」


一拍。


「寒色は隠蔽」


さらに続ける。


「視線は暖色に引かれる。ゆえに、寒色側に本命が置かれる可能性が高い」


「何の本命だよおい」


拓海はため息をついた。


「ただの遊びだって言ってんだろ」


「遊びほど」


エドワードは、静かに言う。


「構造が露出する」


「だから何のだよ」


エドワードは答えず、立ち上がった。


視線が動く。


空間を測るように。


「……配置に偏りがある」


「どこにだよ」


「北北西」


即答だった。


「茂みだ」


「いや分かるか」


「導線がある」


「ないわ」


「行くぞ」


「やだよw行かねぇ」


だが、腕を引かれる。


「離せ」


「合理的判断だ」


「どこがだ」


結局、連れていかれる。

完全にいつもの流れだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


茂みのエリア。


すでに数人の生徒が、しゃがみ込みながら探している。


葉をかき分ける音。

小さな歓声と、ため息。


「……見つからねぇな」


誰かが言う。


「配置が甘い」


別の誰かが言う。


「甘いわけあるか」


拓海が小さく呟いた、そのとき。


「……ここだ」


エドワードが言った。


「この位置は死角だ」


「ただ見つかってねぇだけだろ」


「違う」


しゃがみ込む。


「隠している」


「だから誰がだよ」


エドワードは、葉の奥へと手を差し入れた。


一瞬。


何かを掴む感触。


「……あった」


取り出す。


卵。


確かに、そこにあった。


周囲がざわつく。


「マジか」


「見えなかったぞ」


「……偶然じゃないのか」


エドワードは、答えない。

ただ、卵を見ている。

指先で、わずかに回す。


「……タクミ」


「何だよ」


「これは」


一拍。


「違う」


「何がだよ」


「構造が」


「またそれかよ」


エドワードは、軽く重さを確かめた。

ほんのわずかな違和感。


「通常のものより」


一拍。


「軽い」


「誤差だろ」


「違う」


ゆっくりと、殻に指をかける。


「確認する」


「勝手にしろ」


パキ、と小さな音。


殻が割れる。


中身が、手のひらに落ちる。


――チョコではない。


折りたたまれた、小さな紙。


沈黙。


「……あー」


拓海が、視線を逸らした。


「それ、俺のだ」


「……お前の?」


エドワードが、紙を開く。


日本語の文字。

ほんの数行。

短い。

でも、柔らかい。


「……ナツミか」


「まぁな」


拓海は肩をすくめた。


「昨日ちょっと暇だったからさ」


一拍。


「一個くらい混ぜてもバレねぇだろって思って」


「……なるほど」


エドワードは、紙を見たまま答えた。

声は、いつもより少しだけ低い。

周囲のざわめきが、遠くなる。


「……どうした」


拓海が言う。


「……いや」


エドワードは、ゆっくりと紙を閉じた。

指先が、ほんの少しだけ止まる。


そして。

ほんのわずかに、笑った。


「……この紙の強度は」


一拍。


「私の卵より、高いな」


「何の勝負だよ」


思わず返す。


「卵だぞ?」


「分かっている」


エドワードは答える。


「私のものは、設計されたものだ」


視線を、割れた殻に落とす。


「意図がある」


さらに続ける。


「配置も、色も、すべて管理されている」


一拍。


「だが、これは違う」


紙を見る。


「ただ、届いたものだ」


沈黙。

風が、葉を揺らす。


「……だから何だよ」


拓海が、少しだけ低く言う。

エドワードは答える。


「制御できない」


一拍。


「だから強い」


そのまま、少しだけ視線を外す。


「……タクミ」


「ん?」


「それは」


言葉を探すように、ほんの少し間を置く。


「大事にしろ」


「言われなくてもするわ」


即答だった。

エドワードは、小さく頷いた。

それ以上は言わない。


ただ。


一度だけ、視線を逸らした。


「おーい! そっちあったかー!」


遠くで声が上がる。

現実が戻ってくる。

ざわめきが戻る。


「……行くぞ」


エドワードが言う。


「まだある」


「まだやんのかよ」


「当然だ」


「ほどほどにしろって」


並んで歩き出す。

いつも通り。


でも。


ほんの少しだけ。

距離の意味が、変わっていた。


ーーーーーーーーーーーーーー


その日。

学園の一部では、こう記録された。


****************


三月某日。


エッグハントにおいて、情報の偽装事例を確認。


サエキ・タクミによる“内部干渉”が成立。


これにより、戦術の高度化が進行。


****************


(だから違う)


拓海は思った。


(ただの遊びだっての)


でも。


その“違い”は、今回も理解されなかった。

ただ一つを除いて。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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