表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
578/605

第五百二十三話 「偽造(パスポート)とは、国境を越えるための紙切れではなく、一人の大型犬が違和感を拾い、一人の秀才がそれを証拠へ変えることで、事件の輪郭が浮かび上がる現象のことである」という話

ひと段落付いたらおまけ小話やりたいけどどうしようかなぁ

七月。

世田谷署刑事課へ異動してから二週間。

刑事一年生のサエキ拓海は、まだ新品の匂いが抜けきらないスーツ姿で、

分厚い調書の束と格闘していた。


地域課では一日に何度も外へ飛び出していた身体が、刑事課では机に縛り付けられる。


聞き込み。

張り込み。

調書。

資料。


思っていた以上に「待つ」仕事だった。


「……刑事って、座ってる時間長ぇなぁ、バカちんが」


ぼそりと呟くと、隣の先輩刑事が笑った。


「事件が起きりゃ嫌でも走る。」


「それまでは頭使え。」


「はい!!^^」


返事だけは相変わらず百点満点だった。

その時。

刑事課の無線が鋭く鳴る。


『—外国人事案。世田谷署管内、雑居ビル。刑事課応援願います』


先輩が顔を上げる。


「佐伯。」


「はい!」


「英語だ。」


「行け。」


「了解です!!^^」


返事と同時に飛び出す。


「あいつ返事から走ってんな……」


そんな呟きを背中に受けながら、拓海は現場へ向かった。


雑居ビル。

多国籍クラブ。


熱気。

煙草。

酒。

日本語、英語、中国語、様々な言葉が飛び交う店内は騒然としていた。


風営法違反。

不法滞在。

そして—偽造旅券。


一人の外国人男性が腕を組み、鼻で笑う。


「I don't know.」

(知らん)


「I can't speak Japanese.」

(日本語は離せない)


「Nothing.」

(何もない)


「……。」


周囲の刑事が困ったように顔を見合わせた。


「また英語か。」


その時だった。

後ろから大型犬が一匹、するりと前へ出る。


「Hey, buddy.^^」

(よっ、相棒)


被疑者が眉をひそめる。

拓海は笑ったまま距離を詰めた。


「そのパスポート。」


「ちょっと貸せ。」


被疑者は肩をすくめながら差し出す。

拓海は受け取り、一枚だけ開いた。


……


閉じる。

もう一度開く。


……


「ん?」


先輩刑事が聞く。


「どうした。」


拓海は首を傾げる。


「……何か。」


「気持ち悪い。」


「は?」


「違う。」


「説明できねぇ。」


「でも。」


「これ、本物じゃねぇ気がする。」


刑事たちが顔を見合わせた。


「理由は?」


「分かんねぇ。」


「でも。」


「俺が向こうで見てきた本物と。」


「何か違う。」


その一言で。

部屋の後ろで押収資料を確認していた龍平が静かに振り返った。


「……貸してください。」


パスポートを受け取る。

ページをめくる。


IC。

ホログラム。

透かし。

印字。

紫外線。

そして端末へ照合。


数秒後。


「……やはり。」


龍平は静かに顔を上げた。


「偽造です。」


空気が止まる。


「IC情報が一致しません。」


「ホログラムは旧式。」


「発行番号は欠番。」


「こちらが本物のデータです。」


机へ資料が並ぶ。

被疑者の表情が変わった。

拓海が豪快に笑う。


「ガハハハ! やっぱりバカちんだったか!」


龍平は淡々と告げる。


「出入国管理及び難民認定法違反。」


「説明してください。」


完全に詰んだ。


夕方。

取調べが終わる。


龍平は資料を閉じた。


「……佐伯さん。」


「ん?」


「一つ。」


「聞いてもいいですか。」


「何だ?」


「あの旅券。」


「何故偽造だと分かったんです。」


拓海は頭を掻いた。


「イギリス。」


「向こうで毎日のように見てたからかな。」


「でも。」


「どこがおかしいか説明しろって言われても無理。」


「違和感。」


「それだけ。」


龍平は黙った。


(違和感だけで。)


(システムより先に止めた。)


(……厄介ですね。)


その時。

刑事課の電話が鳴る。


「佐伯!」


「はい!」


「荷物だ!」


「荷物?」


一時間後。

世田谷署刑事課。


ドォン!!!


台車が二台。

さらにもう一台。

冷凍コンテナが次々と運び込まれる。


刑事課。


「……。」


「……。」


送り状。


Hamilton Group UK


先輩刑事。


「佐伯。」


「お前。」


「何やった。」


拓海。


「知らん。」


箱を開ける。


全員。


「…………。」


牛肉。

ラム。

鹿肉。

厚切りベーコン。

生ハム。

ソーセージ。

ローストビーフ。

冷凍庫でも入りきらない量。


総重量。

”約八十キロ”。


「業者かよ!!」


刑事課中にツッコミが響いた。

一番上には、一枚の便箋。


*************


タクミへ。


ジョージから刑事課は忙しいと聞いた。

栄養だけはきちんと摂りなさい。

食べ切れない分は皆さんで。


Earl Edward Hamilton


*************


先輩刑事。


「……誰だ。」


拓海。


「親友。」


「英国の?」


「うん。」


「…………。」


刑事課全員が黙った。


「親友のスケールがおかしい。」


誰かが呟いた。

拓海は気にしない。


「みんな持ってけ!」


「食わねぇと腐る!」


刑事課が臨時精肉店になった。


十分後。

巨大な保冷バッグを抱えた拓海が、合同デスクの龍平の前へ現れる。


「松本。」


「いりません。」


「まだ何も言ってねぇ。」


「肉でしょう。」


「当たり!」


ドン!!


保冷バッグが机へ着地する。


龍平。


「……重い。」


「二十キロくらいだ。」


「くらい、じゃありません。」


「冷凍しろ。」


「入りません。」


「じゃあ食え。」


「無理です。」


「祖父母さんに供え……」


そこまで言って。


拓海は口をつぐんだ。

龍平も黙る。


一瞬だけ。

空気が止まる。


拓海は何もなかったように笑った。


「じゃあ刑事課で配れ。」


「……。」


龍平はため息をつき、保冷バッグを持ち上げた。


「重い。」


「筋トレだ!」


「意味が分かりません。」


離れたところで先輩刑事が腹を抱えて笑っている。


「松本。」


「諦めろ。」


「佐伯は『持ってけ』って決めたら絶対引かねぇ。」


龍平は静かに目を閉じた。


「……チッ。」


その夜。


ハミルトン日本支社。

ジョージは世田谷署から届いた事件資料に目を通していた。


偽造旅券。

押収品。

発行番号。


……


ページをめくる手が止まる。


「……。」


机の引き出しから古いファイルを取り出す。


数年前。

英国本部から送られてきた注意喚起資料。


特徴。

番号。

ホログラム。

一致。


ジョージの表情から笑みが消えた。


「……繋がった。」


静かに受話器を取る。


ウィルトシャー。

ハミルトンホール。


「ハミルトン様。」


『どうした、ジョージ。』


「報告が二件あります。」


『聞こう。』


「まず一件目。」


「タクミへ送った肉ですが。」


「世田谷署刑事課が臨時精肉店になりました。」


受話器の向こうで、小さなため息が聞こえた。


『……そうか。』


「なお、松本刑事も二十キロほど受領しました。」


『…………。』


「二件目です。」


ジョージの声色が変わる。


「今回押収された偽造旅券ですが。」


「数年前、英国本部から共有されていた偽造ルートの特徴と一致しました。」


長い沈黙。


そして。


『……そうか。』


紅茶のカップが静かに置かれる音だけが、受話器越しに響いた。


『ジョージ。』


「はい。」


『その件は……調べ続けてくれ。』


「承知しました。」


極東では、新米刑事が今日も肉を押し付け合って笑っている。


その足元で。

まだ誰も気付かない巨大な影が、静かに動き始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ