第五百話 「観察とは、獲物ではなく「理解できない存在」を見続ける作業のことである」という話
こういうの入れるから長くなるんだ…分かってるんだ・・・
イギリス・ロンドン。
冷たい雨が石畳を濡らしていた。
男①は、一枚の写真を静かに机へ置いた。
写っているのは、エドワード・ハミルトン。
英国最大級の経済圏を率いる若き当主代行。
男①にとって、その名は珍しくも何ともない。
ハミルトン家。
世界規模の資本。
莫大な資産。
その動向を追うことは、この世界で生きる者にとって当然の仕事だった。
だから最初に興味を持ったのも、エドワードだった。
……はずだった。
次の写真をめくる。
夜会。
会食。
大学。
ハミルトンホール。
どの写真にも、同じ人物が映っている。
日本人の青年。
肩書きはない。
爵位もない。
政治家でもない。
企業の重役でもない。
なのに。
どの写真にも、自然な距離でエドワードの隣へ立っている。
男①の指先が止まった。
「……誰だ。」
調べる。
佐伯拓海。
日本人。
十五歳で渡英。
寄宿学校。
大学卒業。
以上。
拍子抜けするほど、普通の経歴だった。
だが。
普通なら説明がつく。
普通なら肩書きがある。
普通なら理由がある。
この男には、それがなかった。
それなのに。
エドワードは疑いなく隣へ置く。
ジョージは迷いなく従う。
教授たちは可愛がる。
ラグビー部では輪の中心にいる。
どこへ行っても、人が自然と集まる。
男①は資料を閉じた。
「……理解できない。」
だからこそ
興味が湧いた。
利用価値があるからではない。
敵だからでもない。
ただ。
理解できない。
その一点だけが、男①の観察を何年も続けさせる理由になっていた。
*****************
大学卒業。
六月。
『佐伯拓海、帰国。』
短い報告だけが届く。
男①は一瞥した。
「日本へ帰ったか。」
それだけだった。
監視は終わらない。
対象が英国から日本へ移るだけの話だった。
そして十月。
新たな報告書が机へ置かれる。
『警視庁警察学校 入校』
男①は小さく目を細めた。
「警察官になるのか。」
理解不能な男だ。
ハミルトン家の中心にいながら。
何不自由ない未来を捨て。
自ら警察という道を選ぶ。
やはり分からない。
だから、見続ける。
その程度の認識だった。
だが─。
数週間後。
教場の監視記録を眺めていた男①の視線が、初めて拓海以外の場所で止まる。
斜め後ろ。
一人の青年。
松本龍平。
誰とも群れない。
誰にも頼らない。
そして。
佐伯拓海にだけ、明確な拒絶を向けている。
男①は映像を止めた。
数秒。
無言のまま、その青年を見つめる。
やがて静かに呟く。
「……この男か。」
その一言だけだった。
その瞬間から。
男①の観察対象は、一人から二人へと変わった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




