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第四百八十五話 「世話焼きとは、自らの恋心を知る行為ではなく、放っておけば大変なことになる大型犬の生存ログを検閲し続けるうち、無自覚なまま自らの日常の中心へ登録してしまう現象のことである」という話

高坂君なぁ・・・

八月。

夕暮れに染まり始めた駅前のカフェで、菜摘は待ち合わせの相手を待っていた。


大学時代から付き合い続けている恋人。


高坂君。

社会人二年目。

忙しい毎日だった。


お互い仕事がある。

学生時代のように毎日会えるわけではない。

それでも、こうして時間を合わせて食事をしたり、他愛のない話をしたりする時間は嫌いじゃなかった。


そんな時だった。

スマホが小さく震えた。

表示された名前を見て、菜摘は思わずため息を吐く。


「またか……」


送信者。


【佐伯拓海】


イギリスから帰国して以来、実家で警察学校入校までの空白期間を満喫している幼馴染だった。


メッセージを開く。


【拓海】

警察学校の持参品リスト多すぎるんだけど何これ


【拓海】

爪切りいる?


【拓海】

裁縫セットって使うの?


【拓海】

あと健康診断いつだっけ


菜摘は思わず額を押さえた。


「知らないわよ……」


だが、知らないで済ませられないのが長年の付き合いだった。

そのまま返信を打つ。


【菜摘】

健康診断の書類出したの?


数秒後。


【拓海】

忘れてた


「はぁ!?」


思わず声が出た。

周囲の客がこちらを見る。

菜摘は慌てて咳払いした。


【菜摘】

明日!!


【菜摘】

一番に!!


【菜摘】

行きなさい!!


【拓海】

おう


【拓海】

ありがとう


【拓海】

バカ


「誰がバカよ」


菜摘は呆れながらスマホを閉じた。


まったく。


昔からそうだった。

宿題は忘れる。

提出物も忘れる。

大事な連絡も忘れる。


それでいて本人は何とかなると思っている。

何とかなってしまうことも多い。


だから余計に質が悪い。


「待たせた」


顔を上げると、高坂が立っていた。


「お疲れ様」


「お疲れ」


向かいの席へ腰を下ろす。

高坂はメニューを手に取りながら苦笑した。


「また佐伯か?」


「うん」


菜摘も苦笑する。


「健康診断忘れてたんだって」


「あいつらしいな」


「らしすぎるでしょ」


「まぁ、サエキだし」


それで会話が成立するあたり、付き合いの長さを感じる。


注文を済ませる。

飲み物が運ばれてくる。


仕事の話。

同僚の話。

休日の話。

そんな他愛のない話をしていたところで、菜摘はふと思い出した。


「あ」


「どうした?」


「拓海、裁縫セットも分からないって言ってた」


高坂が吹き出した。


「何歳だあいつ」


「二十四歳」


「終わってるな」


「終わってるのよ」


二人で笑う。

菜摘はストローをくるくる回しながら肩を竦めた。


「だって放っておいたら大変なことになるじゃない」


「そうか?」


「なるよ」


「ラグビー部だったし、学園都市でも元気だっただろ」


「そういう問題じゃないの」


菜摘は真顔だった。


「健康診断忘れるし」


「うん」


「書類なくすし」


「うん」


「財布もなくすし」


「うん」


「絶対何かやらかすもん」


高坂は少しだけ笑った。


「心配なんだな」


「幼馴染だもの」


菜摘は当然のように答える。

そこに特別な意味はない。


昔からそうだった。


”拓海は放っておけない”。


それだけの話だ。

少なくとも菜摘はそう思っていた。

高坂も深く考えなかった。


「まぁ、警察学校ならさすがに何とかなるだろ」


「だといいけど」


「ならなかったら?」


「笑う」


「ひどいな」


「でも助ける」


「だろうな」


二人はまた笑った。


窓の外では、夏の夕暮れが少しずつ色を深めている。


穏やかな時間だった。

何も起きない。

何も変わらない。


ただの仕事帰り。

ただのカフェ。

ただの世話焼き。


少なくとも、この時の菜摘はそう思っていた。


そして高坂もまた、それを疑ってはいなかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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