幕間 「再会とは、終わったはずの青春が世界遺産の片隅で偶然すれ違い、その事実に気付く者と気付かない者の温度差によって成立する現象のことである」という話
まぁ、うん。やってみたかっただけ。
◆文香視点◆
結婚十年目の記念だった。
子供たちは夫の実家へ預けた。
久しぶりの夫婦二人だけの旅行。
行き先はウィルトシャー。
”ストーンヘンジ”。
大学進学と同時に渡英し、卒業と同時に夫のクリスと結婚した。
もう十四年になる。
それなのに、なぜか一度も来たことがなかった。
実際に見るストーンヘンジは思っていたより大きくて、思っていたより静かだった。
観光客は多い。
カップル。
家族連れ。
学生グループ。
様々な言葉が飛び交っている。
その中で。
不意に聞こえた。
「凛!! 走るなコラ!! このバカちん!!」
「ノアも!!行くな!そっちは立ち入り禁止ってコラあああ!!!」
思わず振り向いた。
日本語。
正確には日本語交じりの英語。
でもそんなことより。
”その声を知っていた”。
少し離れた場所に男がいた。
高い背。
がっしりした体格。
長い手足。
そして。
昔と何も変わらない笑顔。
「……」
思わず息を呑む。
”彼だった”。
もうずっと昔の人。
大学時代の思い出の中にいる人。
少し歳を取った。
けれど。
本当に少しだけだった。
周囲には子供たちがいた。
黒髪の少年。
黒髪の双子の少女。
そして金髪の少年。
優しそうな小柄な女性。
黒髪の少年は暴れる金髪の少年を必死に押さえている。
彼は走り回る少女を追いかけている。
少し離れた場所では、優しそうな女性と金髪の紳士がもう一人の少女の手を引いていた。
その光景を見た瞬間。
胸の奥に残っていた小さな棘が疼いた。
もう痛みは薄れている。
昔みたいに苦しくはない。
それでも。
溶け切らない氷の欠片みたいなものが、まだ少しだけ残っている。
けれど。
その感情より先に思った。
ああ。
彼は幸せなんだ。
良かった。
本当に良かった。
気付けば涙が滲んでいた。
「フミカ?」
クリスの声で我に返る。
「どうした?」
「ううん」
私は笑った。
「来て良かったね」
もし今、声を掛けたら。
彼は気付くだろうか。
大学時代の後輩だと。
それとも。
もう覚えていないだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「悠馬!! 帰るぞ!!」
「ノア連れてこい!!」
その声に顔を上げる。
そして。
彼はこちらを見た。
目が合った。
そう思った。
彼は昔と同じように笑った。
何も変わらない屈託のない笑顔。
そして。
軽く手を振った。
走り回る少女を抱え上げ。
少年の手を引き。
家族の元へ戻っていく。
その背中を見送りながら。
私はただ静かに思った。
『本当に良かった』
***************
◆悠馬の回想◆
父さんは昔からそうだった。
僕たちの予定を考えない。
ある日突然帰ってきて。
ある日突然連れ回して。
そしてまたどこかへ行く。
この日もそうだった。
僕は部屋で家庭教師からの課題をやっていた。
双子は庭で遊んでいた。
ノアも珍しく大人しくしていた。
凄く平和だった。
そこへ父さんが帰ってきて言った。
「今からストーンヘンジ行くぞ!!」
意味が分からなかった。
僕は課題があると言った。
だけど聞いてもらえなかった。
結局皆まとめて車へ押し込まれた。
エドワード叔父さんも母さんも、あまり賛成していない顔をしていた。
でも結局行くことになった。
案の定だった。
凛は走る。
ノアも走る。
立入禁止の場所へ行こうとする。
僕が止める。
また走る。
また止める。
その繰り返しだった。
帰る頃には疲れ切っていた。
最後は父さんが凛を抱えて。
僕がノアを抱えて。
ようやく帰宅した。
そして。
一息ついた頃には父さんはもういなかった。
メキシコへ行ったらしい。
そういえば。
ストーンヘンジで日本人の女性がこちらを見ていた。
父さんも気付いたらしい。
「こういう時は手振っときゃ良いさ!」
そう言って笑っていた。
意味は分からない。
その後。
僕は夜中まで課題をやった。
そして思った。
もう父さんとは出掛けない。
絶対に。
***************
◆拓海視点◆
俺はイクメンを心掛けている。
なので家族サービスを大事にしている。
本当に大事にしている。
色々あってハミルトンに居着いて数年。
仕事は増えた。
責任も増えた。
エドワードのクソッタレのせいで、気付けばハミルトンの中枢に放り込まれていた。
あの野郎、俺に仕事の半分以上を押し付けてきやがった。
おかげで家族と過ごす時間は少ない。
だから。
時間ができたら家族サービスをする。
当然だ。
俺は良い父親だからな。
今回もスペインから帰った直後だった。
次はメキシコ。
その間に半日だけ空きがあった。
なのでストーンヘンジへ行った。
世界遺産だ。
きっと子供たちも喜ぶ。
情緒教育にも良い。
悠馬は課題がどうとか言っていた。
なーに、課題なんてサボるためにある。
つまり問題ない。
ついでにノアも連れて行った。
俺一人で十分だったのに。
心配だとか言ってエドと菜摘も付いてきた。
心配性な奴らである。
結果。
大成功だった。
子供たちは元気だった。
凛は走り回った。
ノアも走り回った。
大喜びだった。
悠馬もきっと感動していた。
複雑そうな顔をしていたが、あいつは感情を表に出さないタイプだからな。
きっと心の中では感激していたに違いない。
帰り際。
なんか日本人の女性がこっちを見ていた。
俺のイクメン具合に惚れるなよ?
と思いつつ手を振っといた。
気遣いのできる男である。
その後メキシコへ飛んだ。
次は南アメリカ。
その後は西海岸。
エドの奥さんと酒でも飲めるかもしれない。
そういえば出発前、悠馬がなんだか恨めしそうな顔をしていた。
まあいい。
あいつはなんかエドワードに似ている。
似たもの同士だろうし、任せておこう。
そして。
その三日後にはストーンヘンジのことを綺麗さっぱり忘れていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




