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第四百七十二話 「旅行とは、見知らぬ土地へ行くことではなく、卒業を目前にした大型犬が「どっか行くか!」と笑いながら、魔王の情緒防衛網を内側から爆破する現象のことである」という話

ぶらり二人旅(計画)

四月中旬。

春の霧が別邸の窓を白く染める夜。

重厚な古典ファンタジー『王の帰還』を読了したその直後だった。


「やっぱ旅っていいよな、エド、バカ!」


拓海は炭酸飲料の缶を机へ置いた。

本日最高のツヤッツヤな笑顔だった。


「サムもフロドも最後まで頑張ったじゃん!」


「そうだな」


「ホビット庄帰って飯食ってるところとか最高だろ!」


「そうだな」


「俺も旅したくなったわ!!」


エドワードは嫌な予感しかしなかった。


「なぁ、エド」


「何だ」


「卒業前にどっか行くか?」


沈黙。

エドワード・ハミルトンの全演算機能が一瞬停止した。


だが拓海は気付かない。

当然気付かない。


「せっかくだしさ!」


拓海は身を乗り出した。


「俺ら大学入ってから二人で遠出してねぇだろ?」


「……そうだな」


「湖水地方でもいいし!」


「…………」


「スコットランドでもいいし!」


「…………」


「ウェールズでもいいぞ!」


「…………」


「飯うまいところがいいな!」


「お前はどこへ行っても結局それだな」


「当たり前だろ」


「当たり前なのか」


「旅って飯じゃねぇの?」


「違う」


「違うのか?」


拓海は心底驚いた顔をした。


エドワードは額を押さえたくなった。


「湖水地方って何あるんだ?」


「湖だ」


「知ってる」


「以上だ」


「雑だな!?」


「お前が聞いたんだろう」


「じゃあスコットランド」


「雨だ」


「ロンドンも雨だろ」


「それはそうだな」


「じゃあ変わんねぇじゃん!」


「変わる」


「どこが」


「スコットランドだ」


「説明になってねぇ!」


リビングの端で書類を整理していたジョージの肩が震え始めた。


笑っている。

絶対笑っている。


「ちなみにエディンバラは綺麗ですよ」


「ほら」


「黙れ」


「まだ何もしてませんよ」


「今した」


「理不尽ですねぇ」


ジョージは素直に引き下がった。

だが明らかに楽しんでいた。

拓海は地図を広げる。


「ウェールズもいいな」


「何がある」


「知らん」


「知らないのか」


「でもなんか良さそうじゃん」


「その理由で旅先を決めるな」


「旅なんてそんなもんだろ」


「違う」


「違うのか?」


再びだった。

拓海は本当にそう思っている。


景色でも歴史でもない。


”誰と行くか”。


それだけで十分。


だからこそ。

エドワードには効く。


夏になれば終わる。

拓海は日本へ帰る。

それは知っている。


卒業も。

帰国も。

別れも。

全部分かっている。


だが。

その当人だけが。


「旅しようぜ!」


と、本日最高の笑顔で未来の話をしている。


「なぁ」


拓海が地図から顔を上げた。


「やっぱ湖水地方かな」


「そうか」


「泊まりで行こうぜ」


エドワードの演算機能が再び停止した。


「泊まり?」


「せっかくだし」


「…………」


「二泊くらい」


「…………」


「三泊でもいいぞ」


「…………」


ジョージが吹き出した。


「ジョージ」


「はい」


「業務を増やそう」


「申し訳ありませんでした」


拓海はケラケラ笑う。

何も知らない。

何も気付いていない。


だからこそ。


「じゃあ男二人旅だな!!」


エドワードはしばらく沈黙した。

本当にしばらく沈黙した。


そしてようやく、


「……そうだな」


とだけ答えた。


灰色の瞳から本日最高のツヤが消失していた。

親友のマスクの裏側で。

魔王は静かに爆死した。


【Takumi OS】


湖水地方



スコットランド



ウェールズ





温泉



旅!!


【Edward OS】


二人



旅行



卒業前



思い出



最後




圧倒的な温度差だった。


■ジョージの機密ログ

(四月中旬・魔王爆死編)


本日、サエキが『卒業前にどっか行くか?』という極めて善良で極めて光属性な提案によって、

ハミルトン様の残りHPを根こそぎ吹き飛ばす瞬間を観測した。


なお本人は湖水地方とラーメンの話しかしていない。

だが魔王は卒業と帰国と別れの話をしていた。


恐ろしい大型犬である。


経過観察を継続する。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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