第四百七十一話 「帰還とは、旅の終着点へ辿り着くことではなく、同じ道を歩いていた誰かと別々の場所へ帰る現象のことである」という話
飲みに行くと何もしたくなくなります。つかれたー。おいしかったけど。
四月上旬の夜。
六月という終着点が、少しずつ現実味を帯び始めていた。
別邸のカレンダーは何も語らない。
ただ静かに日付だけを削り続ける。
その冷徹さは、どこか時間そのものに似ていた。
書斎の机には、一冊の重厚な本が置かれている。
J・R・R・トールキン。
『指輪物語 王の帰還』。
旅の終わりの物語だった。
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エドワードは静かにページをめくる。
世界を救う英雄の話ではない。
王の帰還の話でもない。
今夜の彼の目に映っていたのは、もっと別のものだった。
旅の終わり。
仲間との別れ。
そして帰還。
フロドとサム。
滅びの山へ向かう旅の間、二人はずっと一緒だった。
隣にいるのが当たり前だった。
同じ道を歩き。
同じ景色を見て。
同じ苦しみを背負っていた。
だが。
旅が終われば。
フロドは去り。
サムは帰る。
それぞれの場所へ。
それぞれの人生へ。
それは正しい結末だった。
誰も間違っていない。
誰も失敗していない。
誰も悪くない。
それなのに。
なぜこんなにも寂しいのだろう。
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「……ひどい話だな」
エドワードは小さく呟いた。
もちろん作品の出来が悪いという意味ではない。
むしろ逆だった。
あまりにも正しい。
あまりにも美しい。
あまりにも現実的だった。
旅は終わる。
人は帰る。
それだけのことだ。
それだけのことなのに。
どうして胸が苦しくなるのだろう。
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十四歳で出会った。
パブリックスクールの寄宿舎。
大学でまた一緒になれた。
学園都市での同居。
気付けば八年近く。
隣にいるのが当たり前になっていた。
朝になれば騒音が聞こえる。
昼になれば飯の話をする。
夜になればくだらないことで喧嘩をする。
それが日常だった。
永遠ではないと知っていた。
最初から知っていた。
タクミは日本へ帰る。
いつか必ず。
その事実は何一つ変わっていない。
ただ。
その「いつか」が七月の帰国になっただけだった。
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「おーーーい!! エド!!」
静寂を破る声。
エドワードは本日最高の真顔になった。
ドアが勢いよく開く。
大型犬である。
「サムってめちゃくちゃ良い奴だよな!!」
「そうだな」
「フロド一人じゃ絶対無理だったろ!!」
「そうだな」
「やっぱ相棒って大事だよな!!」
エドワードの手が止まった。
拓海は気付かない。
気付くはずもない。
本人はただ純粋に物語の感想を言っているだけなのだから。
「なぁエド!」
「何だ」
「俺もああいう相棒欲しいわ!」
エドワードはゆっくり本を閉じた。
「……そうか」
本日最高にツヤのない返事だった。
「なんだよ、その反応」
「別に」
「変なの」
拓海は肩を竦める。
そして再びページへ視線を落とした。
「でもサムすげぇよな」
「そうだな」
「最後までフロド見捨てねぇもん」
「……そうだな」
拓海は笑う。
いつものように。
何も知らないまま。
何も変わらないまま。
卒業のことも。
別れのことも。
帰還の意味も。
だからこそ。
エドワードには眩しかった。
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【Takumi OSが見ているもの:ホビット、飯、友情、剣】
【Edward OSが見ているもの:旅の終わり、別れ、帰還】
同じ本を読んでいるはずなのに。
見えている景色は驚くほど違う。
旅は終わる。
人は帰る。
それは正しい。
きっと。
どうしようもなく正しい。
だからこそ。
エドワード・ハミルトンは、本日最高の真顔でページを閉じながら思う。
(……あと少しだけで良かったのだがね)
その願いだけは。
誰にも言わなかった。
■ジョージの機密ログ(四月上旬・別邸書斎:王の帰還と魔王の情緒崩壊編)
四月上旬。
僕はサエキが『サム最高!』『相棒っていいよな!』と1200%の光属性で感想を叫ぶ横で、
ハミルトン様が本日最高のツヤのない顔で情緒を静かに埋葬しているのを見たよ。
サエキ。
君、本当に恐ろしい大型犬だね。
旅の終わり。
別れ。
帰還。
そんな物語を読んでおきながら、君の脳内にはホビットと飯と友情しか残らないんだから。
君は笑う。
君は楽しそうだ。
そしてその一言一言が、隣にいる魔王へ綺麗に致命傷を与えている。
実に平和だ。
実に香ばしい。
経過観察を継続する。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




