第四百七十話 「遠隔観測とは、もっと一緒にいたかった魔王が地球の裏側へ定点カメラを設置する現象のことである」という話
まあうん。しってた。
三月末。
別邸の書斎で「もっと一緒にいたかった」という自らの想像以上の重症(執着の質量)を静かに認めた魔王は、その数日後、極めて冷徹かつ迅速な人事異動の執行(数的処理)を完了させていた。
ハミルトン帝国の中枢ではよくあることだった。
必要な人材を。
必要な場所へ。
必要なタイミングで配置する。
それだけの話である。
ただし今回に限っては、その配置先が日本だった。
そして配置対象がジョージだった。
それだけのことである。
たぶん。
****************
デスクの前に呼び出されたジョージは、一枚の辞令へ視線を落とした。
数秒。
沈黙。
そして本日最高の、世界で一番ツヤのない真顔で口を開く。
「……は?」
「七月から日本だ」
エドワード・ハミルトンは、本日最高の『私は何もしていません(通常業務)』という顔で答えた。
「……すみません。僕の聴覚システムに一時的なエラーが発生したようなのですが」
「日本支社だ」
「なぜです?」
「業務上必要だからだ」
「本当に?」
「……本当だ」
1200%完璧な大嘘だった。
七月になれば拓海は帰国する。
警察学校へ行く。
警察官になる。
忙しくなる。
連絡は減るだろう。
それは当然だ。
自分はそれを止めるつもりもない。
止める権利もない。
拓海には拓海の人生がある。
夢がある。
進むべき道がある。
だからエドワードは何もしない。
何も言わない。
何も求めない。
ただ。
”もし何かあった時”だけは。
知りたかった。
それだけだった。
自分の知らない場所で。
自分の手の届かない場所で。
あの大型犬が盛大に事故を起こしたり、怪我をしたり、面倒事へ突撃したりしていないか。
それだけは把握しておきたかった。
親友として。
純粋に。
極めて常識的な範囲で。
1200%ほど。
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「ハミルトン様」
「何だ」
「左遷ですか?」
「違う」
「島流しですか?」
「違う」
「なるほど」
ジョージは辞令を閉じた。
「サエキ観測所・日本支部ですね」
「違う」
「本当に?」
「本当だ」
「へぇ」
****************
ジョージは笑った。
いつもの香ばしい笑顔だった。
エドワードはその顔を見ただけで嫌な予感しかしなかった。
「まぁ、悪くありませんね」
「何がだ」
「日本ですよ」
ジョージは窓の外を見た。
春の光が差し込んでいる。
「どうせサエキは帰国初日から何かやらかします」
「……否定できんな」
「だから経過観察を継続します」
「業務としてな」
「もちろん業務です(笑)」
「その笑顔をやめろ」
「無理です」
別邸に沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはジョージだった。
「ハミルトン様」
「何だ」
「余計なことはするな、ですか?」
「そうだ」
「善処します」
「する気がないな」
「ええ」
エドワードは静かに眉間を押さえた。
六月はまだ先だ。
拓海もまだここにいる。
何も始まっていない。
何も終わっていない。
それなのに。
自らの知性は既に極東への防衛網を構築し始めている。
実に愚かだった。
そして。
どうしようもなく、自分らしかった。
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【ジョージ:日本支社配属決定】
【エドワード:業務命令を主張】
【実態:サエキ観測所】
六月まで、まだ三ヶ月。
ハミルトン帝国の遠隔監視システムは、本日も順調に過保護だった。
■ジョージの機密ログ(三月末・別邸書斎:サエキ観測所・極東支部設立編)
三月末。
僕はハミルトン様が「もっと一緒にいたかった」という重症診断の数日後に、
極めて迅速かつ冷徹な人事異動を執行するのを見たよ。
サエキ。
君、本当に恐ろしい大型犬だね。
まだ帰国もしていない。
まだ六月にもなっていない。
それなのに君の相棒(魔王)は、地球の裏側へ定点観測要員を配置し始めたんだ。
監視じゃない。
保護だそうだ。
本人は1200%本気でそう言っている。
怖いね。
実に怖い。
なお配属先の正式名称は日本支社らしい。
僕はサエキ観測所だと思う。
ハミルトン様は違うと言っている。
たぶん違わない。
経過観察を継続する。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




