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第四百六十三話 「帰還とは、失われたものを取り戻す行為ではなく、残された時間が有限であることを改めて突き付ける現象のことである」という話

別れにおびえるエドワード君。もうちょっとだもんね

二月下旬。

冬の朝。


学園都市別邸の書斎は静かだった。

暖炉の薪が爆ぜる音だけが、小さく部屋に響いている。


エドワード・ハミルトンは書類を読んでいた。

正確には、読んでいるつもりだった。


視線は文字を追っている。

内容も頭には入っている。


だが、ふとした瞬間に集中が途切れる。


窓の外を見る。

何もない。

再び書類へ目を戻す。


数分後、また視線が逸れる。


時計。

窓。

扉。


そしてまた書類。

その繰り返し。


我ながら馬鹿らしいと思う。


拓海は帰ってくる。

予定通りだ。

連絡も来ている。

飛行機も問題なく飛んでいる。


二週間など長い時間ではない。


そんなことは分かっている。

分かっているはずなのに。


落ち着かなかった。


「ハミルトン様」


書斎の扉が開いた。

ジョージだった。


「何だ」


「今ので六回目です」


「何がだ」


「窓」


エドワードは無言で書類へ視線を戻した。


ジョージは楽しそうだった。


「ちなみに時計は十一回です」


「君は暇なのか」


「ええ。非常に」


 緑茶を置きながら、ジョージは肩を竦める。


「大型犬がいないと退屈なんですよ」


「君の知性の程度がよく分かる発言だな」


「ありがとうございます」


「褒めていない」


ジョージは笑った。

エドワードは笑わない。


だが。


いつもならここで横から、


『おいエド!』


という騒音が飛んでくる。

今日は来ない。


それだけのことなのに、妙に静かだった。


静かすぎた。


ジョージが部屋を出ていく。


再び一人になる。

暖炉の音。

紙をめくる音。

時計の針。


それだけ。


別邸は元々こんなに静かな場所だっただろうか。

そんなことを考えたところで。

遠くから車の音が聞こえた。


エドワードは顔を上げる。


そして。


自分が反応したことに気付き、眉を寄せた。

馬鹿らしい。

本当に。

だが、その数分後。

玄関の扉が勢いよく開いた。


「おーーーい!! エド、バカ!!! ただいまああああ!!!」


爆音だった。

聞き慣れた声だった。

二週間ぶりのはずなのに、昨日まで聞いていたような声だった。


「いやー! 日本の警察学校の手続き、マジで面倒だったぞ!」


騒がしい。


「母さんに米持たされたんだぞ!」


うるさい。


「重かったんだぞ、バカ!」


本当にうるさい。

だが。

エドワードは気付いた。


張り詰めていた何かが、ふっとほどけていく。

肩の力が抜ける。


無意識だった。

あまりにも自然だった。


「……ああ」


小さく息を吐く。


「お帰り、タクミ」


「おう!」


拓海は笑った。


何の曇りもなく。

何の迷いもなく。


いつも通りに。

そのままキッチンへ突撃していく。


「今日は米だぞ!」


「そうか」


「そうかじゃねぇよ!」


別邸はあっという間に元の騒がしさを取り戻した。


ジョージが呆れ。

拓海が騒ぎ。

食堂から物音が響く。

何も変わっていない。


本当に。

何も変わっていない。


だからこそ。

エドワードは違和感を覚えた。


夜。

書斎。


仕事を終えた拓海がソファで寝転がりながら本を読んでいる。

数ページ読んでは止まり。

数ページ読んでは欠伸をする。


いつもの光景。

見慣れた光景。

見慣れていたはずの光景。


エドワードは書類から顔を上げた。


ソファを見る。

いる。

ちゃんといる。

拓海がいる。


二週間前まで当たり前だったこと。

今も当たり前のこと。


なのに。

その姿を確認してしまう。


確認する必要などないのに。

ふと視線を向けてしまう。


その度に、どこか安心している自分がいる。

そこで初めて気付いた。


『まずいな』


思った以上に。

まずい。


拓海がいなくなることを考えたわけではない。

卒業のことを考えたわけでもない。


ただ。


たった二週間だった。

たったそれだけの時間だった。


それなのに。


自分はこんなにも落ち着かなかった。

こんなにも静けさを持て余した。

こんなにも帰りを待っていた。


そこまで考えたところで、エドワードは静かに目を閉じた。


思考を打ち切る。

考える必要のないことだった。


少なくとも今は。


「ハミルトン様」


いつの間にかジョージが戻ってきていた。


「何だ」


「大型犬、帰ってきましたねぇ」


「ああ」


「良かったですねぇ」


「……ああ」


ジョージは緑茶を啜る。

それから、実に楽しそうな顔で言った。


「じゃあ何で二週間前より顔色悪いんです?」


エドワードの動きが止まった。


「ジョージ」


「はい」


「黙れ」


「図星ですか」


「ジョージ」


「はい」


「黙れ」


「二回目です」


ジョージは満足そうに笑った。


ソファでは拓海が欠伸をしている。


別邸はいつも通りだった。


驚くほど。

何事もなかったかのように。

いつも通りだった。


だからこそ。


エドワードだけが気付いてしまった。

自分が思っていたよりもずっと、この騒がしい日常に慣れすぎていたことを。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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