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第四百五十八話 「『年越しとは、新しい一年の始まりではなく、終わりまでの残り時間を静かに起動する現象のことであるという話』」

明日の事を考えない男、拓海

十二月三十一日、大晦日。


学園都市別邸の書斎は、しんしんと冷える冬の夜を拒絶するように、

暖炉の柔らかな赤い光に満たされていた。


デスクに向かい、年末の課題と格闘していた拓海は、ふとペンを置いて大きく伸びをする。


事件は何も起きていない。


ただ一年という時間だけが、静かに終わろうとしていた。


◆ 前半:実感が来ない男◆


「あー、クソ。今年も終わりかー、バカ!」


「……そうだな」


エドワードはソファに腰掛けたまま、年末の書類へ視線を落としていた。


「なんか全然実感ねぇわ」


「君はいつもそうだ」


拓海は笑う。


本当にいつも通りだった。

失恋した男には見えない。

卒業を控えた男にも見えない。


数日前。

あれほど騒がしかった「文香」という日常は終わった。


それなのに。

今の拓海は相変わらず数的処理に文句を言い、腹が減ったと騒ぎ、炭酸飲料を飲んでいる。


失恋の実感も。

卒業の実感も。

この大型犬の知性には、まだ届いていないらしかった。


◆中盤:年越しのバカ騒ぎ◆


深夜。

ダイニングにはジョージが用意した料理が並び、テレビからは学園都市の年越し特番が流れている。


「おいエド!」


「何だ」


「日本だったら今頃、年越し蕎麦だぞ!」


「毎年言っているな」


「だって食いてぇんだもん!」


「諦めろ」


「諦められるか、バカ!」


拓海は本気だった。


ジョージは静かに紅茶を注ぐ。

エドワードは頭痛を覚えた。


毎年同じ光景だった。


去年も。

一昨年も。

その前も。


ずっと。

当たり前のように続いてきた年末。


けれど。


エドワードだけは知っていた。

これが永遠ではないことを。


◆後半:帰るという言葉◆


年が明けた。


日付だけが変わった静かな時間。


ダイニングの喧騒も落ち着き、暖炉の薪が小さく音を立てている。


拓海は炭酸飲料の缶を弄びながら、ぽつりと呟いた。


「……今年、卒業か」


エドワードの手が止まる。


「……あぁ」


短い返事。


それだけだった。


「早かったな」


「そうだな」


「なんか実感ねぇ」


拓海は苦笑する。

そして少しだけ窓の外を見た。


「俺さ」


「うん」


「ずっと日本帰る帰る言ってたのにな」


エドワードは何も言わない。


「いざ近くなると実感ねぇんだよな」


拓海は笑った。

いつもの笑い方だった。


「今年、日本に帰るんだな」


帰国ではない。


”帰る”。


その言葉だけが、妙に静かに響いた。


エドワードは視線を落とした。

拓海にとっては自然な言葉だったのだろう。


生まれ育った国。

家族。

道場。

警察官になる夢。

すべてが待っている場所。


帰るのは当然だ。

当然なのだ。


だからこそ。

エドワードだけが、その言葉の重さを正確に理解していた。


帰る。

つまり。


”ここからいなくなる”。


「……なんかやっぱり実感ねぇわ」


拓海は笑った。


「そうか」


エドワードは静かに答える。


彼にはあった。

嫌というほど実感があった。


卒業も。

別れも。

帰国も。

全部。


だからこそ何も言わなかった。

言ったところで意味がない。


この男は、本当にその日が来るまで理解しない。

昔からずっとそうだった。


そして。

そんな空気を大型犬がぶち壊す。


「あー!」


拓海が立ち上がった。


「腹減った!」


「さっき食べただろう」


「年明けたからノーカンだ!」


「意味が分からん」


「新しい年だぞ!? カロリーもリセットされてるに決まってんだろ!」


「されていない」


「されてる!」


「されていない」


「されてる!」


ジョージは静かに紅茶を飲んだ。


新年早々。

別邸は平和だった。


**************


【Takumi OS:年明けによりノーカン】


【エドワード:帰国まで残り数ヶ月】


【ジョージ:通常運転確認】


失恋の続きではない。

ここから始まるのは卒業までのカウントダウンだ。


当の本人だけが何も気付かないまま。


いつも通り笑い。

いつも通り騒ぎ。

いつも通り腹を空かせている。


そんな最高に彼ららしい、新しい一年の始まりだった。




■ジョージの機密ログ(一月一日・深夜:カウントダウン起動編)


一月一日。深夜の別邸。


僕は、サエキが「年明けたからカロリーはリセットだ!」という極めて独創的な理論を展開する横で、

ハミルトン様が「今年、日本に帰るんだな」という一言に静かに沈黙するのを見たよ。


サエキ。


君は本当に面白い。


失恋の実感も。

卒業の実感も。

別れの実感も。

全部まだ届いていない。


だから今日も笑える。

だから今日も飯の話ができる。


だけど。


君の相棒だけは違う。

彼はもう知っている。

今年が終わる頃には、今の日常は存在しないことを。

君が何も変わらないまま笑っているからこそ、その現実は余計に残酷なんだ。


ジョージの観測日記。


大学編最終章。

卒業カウントダウン開始。

本年も経過観察を継続する。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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