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第四百五十九話 「観測者とは、世界の危機よりも、卒業前の老夫婦の情緒不安定の方が深刻であると判断する生物のことである」という話

そろそろ話が終盤(の、はず)なんですがラストにどうやってつなげればいいか泣きそう

一月上旬。

学園都市別邸の書斎には、暖炉の火が静かに爆ぜる音だけが響いていた。


年が明けたとはいえ、世界は特に変わらない。

相変わらず大型犬はうるさく、魔王は無愛想で、ジョージは巻き込まれている。


極めて平和な日常だった。

その平和な書斎で、一人の男が大量の書類を整理していた。


 「ジョージ・ラングレー。」


学園都市の正式な学生ではない。

いくつかの講義に潜り込んでいるだけの聴講生。


ハミルトン家の執事でもなければ秘書でもない。

エドワード・ハミルトンが個人的に雇っている、ただの観測者である。


本人はそう言い張っている。


もっとも、彼が観測している対象は少々問題があった。


「佐伯拓海。」


そして。


「エドワード・ハミルトン。」


最近、その二匹が妙に面倒だった。

ジョージは書類を揃えながら、小さく息を吐いた。


「……僕はただの観測者なんだけどねぇ」


手元には卒業関連の書類。


進路。

帰国。

卒業試験。

最終学期。


四年間続いた大学生活の終わりを示す、無機質な文字の羅列。


「……最近、観測対象が二匹に増えたんだよね」


少し前までは良かった。

サエキ拓海という野生の大型犬一匹を見ていれば、それだけで十分面白かった。


だが。


失恋を境に状況が変わった。


大型犬は相変わらず何も気付いていない。


失恋の実感も。

卒業の実感も。

このイギリスから去る日のことも。

何一つ実感していない。


一方で。


エドワードは全部気付いていた。


親友の仮面を完璧に被り直したまま、その奥で静かに秒読みを続けている。


春が来れば終わる。

春が来れば帰る。


その事実だけを、誰よりも正確に理解していた。


「……つまり、僕だけが先に胃痛を発症しているんだよ」


ジョージはそう呟くと、書類の山から一枚のファイルを引き抜いた。

数秒だけ目を通す。


「……まだいたのか」


短く呟く。

そして何事もなかったように閉じた。


引き出しの奥へ戻す。

今はいい。

その程度の認識だった。


「まぁ、それどころじゃないしね」


ジョージの視線が自然とソファへ向く。


「おーい、エド!!」


元気だった。


「朝飯から三時間経ったぞ!! 昼飯だ!!」


「……黙れ、タクミ」


「バカ!! 人類は飯を食わなきゃ生きていけないんだぞ!!」


「君だけだ」


「なんでだよ!!」


ジョージは目を閉じた。

そして確信した。


例の男より。

世界の危機より。

卒業前のこの老夫婦の方がよほど面倒だった。


「……ほらね」

 

誰にも聞こえない声で笑う。

ソファへ歩み寄りながら、緑茶をテーブルへ置く。


「やれやれ」


「どうした、ジョージ」


「いや、別に」


ジョージは肩を竦めた。


「例の件も面倒なんだけどね」


「……そうか」


「でも」


そこで一度言葉を切る。

視線の先。

トーストを咥えながら何も知らずに騒いでいる大型犬。


「春が終わったら、本当に帰るんだなぁと思って」


一瞬だけ。

部屋が静かになった。

エドワードの手が止まる。


ほんの一瞬だけ。


「…………」


「…………」


「ん?」


当の本人だけが首を傾げていた。


「なんだよ、お前ら」


「別に」


「何の話だ?」


ジョージは思わず笑った。

エドワードも何も言わない。


ただ。


春は近付いている。

その事実だけが、静かに積み上がっていた。


「……ほらね」


ジョージは湯気の立つ緑茶を一口飲む。


失恋の実感がない男。

実感しかない男。


その温度差を観測し続けることこそが、今の彼にとって最優先事項だった。


世界の危機は後回し。

卒業カウントダウンの観測を継続する。


それがジョージ・ラングレーの、今年最初の仕事だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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