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第四十二話 「静かな部屋は、答えを持っている」という話

たまにしんみり回

三月。

学園に戻ってから、数日が過ぎた。


騒がしさは、いつも通りだ。


談話室では誰かが笑い、

廊下では噂が勝手に増幅され、

自分の知らない“記録”がまたどこかで更新されている。


(……相変わらずだな)


拓海は、窓の外を見ながら思った。


灰色の空。

変わらない景色。


だけど。

ひとつだけ、違和感が残っていた。


(……あの部屋)


ハミルトン邸で見た、あの部屋。

エドワードの母の部屋。


日本の本。

整えられた小物。

そして、あの漆の箱。


“あるべき場所に、あるもの”。


そんな印象だった。


「……タクミ」


背後から声がして振り返る。

エドワードが立っていた。


「……何だよ」


「何を考えている」


「別に」


視線を逸らす。

だが、少しだけ間が空く。


「……あの部屋」


ぽつりと出た。


「母上のか」


「ああ」


一拍。


「なんで、あんなに日本のもん置いてあんだ」


静かな問いだった。


エドワードは、すぐには答えなかった。

視線を少しだけ落とす。


「……好んでいた」


短い答え。


「母が」


「……そっか」


それだけで、納得できる。


しかし、

それだけではない気もした。


「……それだけか?」


少しだけ踏み込む。

エドワードは、ほんの一瞬だけ迷った。


「……タクミ」


低い声。


「人は」


言葉を選ぶ。


「持たなかったものを、集める」


一拍。


「あるいは」


続ける。


「失ったものを、残す」


少しの沈黙。


春の風が、窓を鳴らす。


拓海は、何も言わなかった。

言えなかった。


「……母は」


エドワードが、ぽつりと続ける。


「ここには、いなかった」


一拍。


「だが、あの部屋にはいた」


静かな言葉だった。

誇張も、説明もない。

ただの事実。


「……なるほどな」


拓海は、小さく呟いた。


それで、十分だった。

それ以上、聞くことでもない。


聞いていいことでもない。


「……タクミ」


エドが呼ぶ。


「何だよ」


「お前は」


一拍。


「何も持っていないな」


「急だな」


思わず笑う。


「あるだろ、普通に」


「そうか」


エドは頷く。

だが、その目は少しだけ違っていた。


「……それは」


言葉を探すように、少しだけ間を置く。


「強度だ」


「またそれかよ」


軽く返す。

だが、否定はしなかった。


「……まぁな」


肩をすくめる。


「普通でいいんだよ」


「……そうか」


エドは、もう一度頷いた。

そのまま、視線を外す。


窓の外。

同じ空。


「……タクミ」


「ん?」


「私は」


一拍。


「まだ、持っていない」


それだけ言った。

何を、とは言わない。


でも、分かる。


(……ああ)


拓海は、何も言わなかった。


ただ。


「……じゃあ、集めればいいだろ」


軽く言う。


「お前、そういうの得意だろ」


少しだけ、笑う。

エドワードは、答えなかった。


でも。

ほんのわずかに口元が緩んだ。

それで、十分だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


談話室の向こうでは、また誰かが騒いでいる。


“サエキ事変”の続きだろう。


変わらない日常。

その中で、ほんの少しだけ。


何かが、形を持ち始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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