第四百五十六話 「弔いとは、人生最大の別れを終えた翌朝、大型犬が『朝飯なに?』と通常運転を再開した結果、魔王だけが永久に昨夜から帰還できなくなる現象のことである」という話
まぁ。拓海ですし。
十二月二十七日。
失恋の翌朝。
昨夜。
誰もいない書斎で執行された最初で最後の弔い。
眠る親友への口づけ。
八年分の恋。
八年分の沈黙。
八年分の諦め。
そのすべてを墓場へ埋めるための、たった一度の反則。
そして。
何事もなかったように夜は明けた。
**************
ダイニングのドアが勢いよく開く。
「おはよ!! エド!! バカ!!」
(ツヤッツヤ)
(ピッカピカ)
冬の朝日を背負って現れた大型犬は、昨夜の失恋など存在しなかったかのような顔で吠えていた。
「いやー!!」
「昨日マジで飲みすぎたわ!!」
「頭いてぇ!!」
「でもよ!!」
「なんかスッキリした!!」
「やっぱ人間、酒飲んで寝れば大抵なんとかなるな!!」
エドワードは紅茶を口に運ぶ。
「……そうか」
「おう!!」
拓海は椅子へ腰を下ろす。
いつも通り。
本当にいつも通りだった。
昨夜。
涙を流しながら眠った男と同一人物とは思えない。
「悪かったな」
「何がだ」
「なんか泣いた気がする」
「覚えてねぇけど!!」
「ガハハハハ!!」
エドワードは静かにカップを置いた。
(覚えていろ)
そんな言葉は当然口にしない。
代わりに。
「そうか」
とだけ答えた。
**************
「酒うめぇな!!」
「また何かあったら飲もうぜ!!」
「そうだな」
「お?」
拓海が首を傾げる。
「お前なんか元気なくね?」
「気のせいだ」
「そうか!!」
即終了。
大型犬の診断は三秒だった。
**************
「なぁエド」
「何だ」
「朝飯なに?」
エドワードは目を閉じた。
昨夜。
人生最大の感情イベント。
今朝。
朝飯なに。
温度差で人が死ぬ。
**************
その頃。
キッチンの端で緑茶を淹れていたジョージは、静かにタブレットへメモを書き加えていた。
【Takumi OS】
【通常運転開始】
【異常なし】
ジョージは横目で主人を見る。
エドワードは真顔だった。
だが長年見ているジョージには分かる。
異常しかない。
**************
「……強いですね」
ジョージが呟く。
「違う」
エドワードは即答した。
「立ち直ったわけではない」
「まだ気付いていないだけだ」
「なるほど」
ジョージは納得した。
確かにそうだ。
あの大型犬はまだ理解していない。
失ったものの重さも。
昨日何が終わったのかも。
全部。
まだ。
そして。
その証明のように。
キッチンから最悪のログが飛んでくる。
「あ、そういやさ」
エドワードの眉が僅かに動く。
「文香のやつ元気かな」
停止。
世界が停止した。
「クリスと上手くやってんのかな」
完全停止。
ハミルトンシステム緊急停止。
全回路沈黙。
翡翠の瞳から光が消える。
(やめろ)
(私が死ぬ)
昨夜。
ようやく埋葬したばかりの感情が墓の中から這い出してきた。
どうして君はそうなんだ。
どうして君は。
”そんなにも何も気付かない”んだ。
バカ。
**************
「エド?」
「……何だ」
「顔色悪くね?」
「気のせいだ」
「そうか!!」
即終了。
二回目である。
**************
ジョージは危うく吹き出しそうになった。
だが完璧な側近である。
耐える。
耐えた。
たぶん耐えた。
「ハミルトン様」
「何だ」
「おめでとうございます」
沈黙。
数秒。
そして。
「殺すぞ」
即答だった。
ジョージは小さく頭を下げる。
「失礼しました」
だが口元は笑っていた。
どうしようもなく。
笑っていた。
そこへ。
おにぎりを両手に持った拓海が乱入する。
「あ?」
「何やってんだお前ら」
「朝から真顔でヒソヒソしてよ」
「バカちんが」
エドワードとジョージは顔を見合わせた。
そして。
ほぼ同時に答える。
「「何でもない」」
「そうか!!」
拓海は満足そうに頷いた。
何も知らない。
昨夜のことも。
その意味も。
永遠に知らない。
**************
ジョージは緑茶を飲みながら静かに思う。
八年の恋は昨夜埋葬された。
だが。
埋葬された相手は翌朝には復活し、
「朝飯なに?」
と言いながらおにぎりを食べている。
なんとも救いがない。
そして。
なんともこの二人らしい。
失恋の翌朝。
弔いの翌朝。
大型犬の日常は何事もなく再開された。
ただ一人。
魔王だけをその夜へ置き去りにしたまま。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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