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第四百五十三話 「聖夜の残響とは、大型犬の残した空白を伏兵の優しさが埋め尽くし、大和撫子が自らの選択と向き合う現象のことである」という話

まぁ、うん、そうだよね

十二月二十四日。

クリスマス・イブ。


学園都市はイルミネーションに彩られ、街路樹には無数の光が絡みついていた。


誰もが誰かと過ごす夜。

誰もが浮き足立つ夜。

その光の外側で、文香は一人立ち尽くしていた。


スマートフォンの画面には、つい二日前に届いた拓海からのメッセージが表示されたままだった。


【文香、マジでわりぃ!!】


【姉貴のとこに行かなきゃいけなくなった!!】


【クリスマス中止で頼む!!】


【埋め合わせは絶対する!!】


何度も読み返した。


怒っているわけではない。

理由も分かる。

拓海らしいとも思う。


それでも。

胸の奥が痛かった。


私は戻ろうとしていた。

ちゃんと終わらせようとしていた。


クリスくんとのことも。

嘘も。

全部。

このクリスマスで。


なのに。

その最後の機会だけが、あっさりと消えてしまった。


「……はぁ」


白い息が漏れる。


その時だった。


「やあ、フミカ」


聞き慣れた声がした。


振り返る。


金髪。


青い瞳。


クリストファーだった。


「こんなところでどうしたんだい?」


「クリスくん……」


文香は慌てて笑った。

うまく笑えなかった。

クリストファーはそれを見逃さなかった。


「何かあった?」


「ううん」


「嘘だ」


即答だった。


文香は思わず固まる。

クリストファーは困ったように笑った。


「君は強がる時、少しだけ笑い方が変わるから」


反則だと思った。


そんなことを言われたら。

何も言えなくなる。


「……彼との予定?」


文香は小さく頷いた。


「なくなっちゃった」


それだけだった。

それだけだったのに。


涙が出そうになった。

クリストファーは何も言わない。

ただ静かに隣に立った。


責めない。

聞き出そうともしない。

それが余計に苦しかった。


「ごめんね」


文香は無理に笑った。


「私、課題でもやるから」


「そうか」


「うん」


「本当に?」


沈黙。

文香は答えられなかった。


「……一人になりたい?」


その問いに。


なぜか首を振れなかった。


***************


クリストファーと別れた後。


文香は大学の裏手へ回った。

人気のない建物の陰。

そこでようやく立ち止まる。


涙が一筋落ちた。


情けなかった。

何を期待していたのだろう。


拓海は悪くない。

悪くないのに。

どうしてこんなに苦しいのだろう。


その時。

遠くから聞こえた。


「あーーー!! クソ!!」


聞き慣れた声。


拓海だった。

駅へ向かって全力で走っている。


「姉貴からまた電話だ!!」


「今から行くって言ってるだろうによ!!」


「怖ぇぇぇぇぇぇ!!」


周囲の視線など気にしない。


いつも通り。

どこまでも拓海だった。


文香は思わず笑った。

笑ったのに。

涙は止まらなかった。


そして。

その光景を少し離れた場所から見つめている青い瞳があった。

クリストファーだった。


(……なるほど)


静かに理解する。


(君は泣いているんだね)


その瞬間。

英国男子の知性システムは、一つの結論へ到達した。


***************


「フミカ」


再び呼び止められた時。

文香はもう逃げる気力を失っていた。


「僕の家族が所有しているコテージがあるんだ」


「暖炉もある」


「紅茶もある」


「静かで、とても綺麗な場所だよ」


クリストファーは少しだけ笑った。


「一人で泣くよりは、いいと思う」


断らなければならなかった。


本当に。

そう思った。


けれど。


誰かに優しくしてほしかった。

ただ。

それだけだった。


***************


翌朝。

雪が降っていた。

窓の外は真っ白だった。


暖炉の火が静かに揺れている。


紅茶の香りが漂う。

夢のような景色だった。


「おはよう、フミカ」


クリストファーがカップを差し出す。


優しい声。

優しい目。

完璧な笑顔。


昨日も。

今も。

何も変わらない。


なのに。

文香は窓の外から目を離せなかった。


幸せではなかった。


むしろ。

昨日までより苦しかった。


(……私、一体何をやってるんだろう)


雪は綺麗だった。

暖炉も温かかった。

紅茶も美味しかった。

クリストファーも優しかった。


それなのに。

胸の奥だけが冷たかった。


「フミカ」


背後から声がする。


振り返る前に。

そっと肩を抱き寄せられた。


「自分を責めないで」


耳元で囁かれる。


「君はずっと我慢していた」


「寂しかっただけだ」


「だから」


「そんな顔をしないで」


文香は目を閉じた。


甘い。

優しい。

逃げたくなるほど優しかった。


(ああ……)


(私、なんて身勝手だったんだろう…)


***************


帰り道。

雪の残る並木道。

肩を並べて歩く二人。


その姿を。


少し離れた場所から見つめる男がいた。


ジョージだった。

彼は立ち止まる。

二人を見る。


数秒。

静かに眺めた後、

小さく笑った。


「……ほう」


それだけだった。


それだけで十分だった。


***************


その日の夜。


文香のスマートフォンが震えた。


【拓海:メリークリスマス!!】


指が止まる。


【姉貴にパリ中引きずり回されて死ぬかと思ったぞ!!】


【でもお前に土産買った!!】


【日本限定のやつ!!】


【明日持ってくから楽しみにしとけよ!!】


【今度ちゃんと埋め合わせするからな!!】


疑いはない。

責める言葉もない。


ただ。

いつも通りの拓海だった。


文香は画面を見つめた。

長い時間。

何も返せなかった。


窓の外では。

クリスマスの灯りだけが静かに揺れていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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