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第四百四十二話 「研究室とは、新しい知性との出会いの場であると同時に、自らの未来が少しずつ現在へと近づいてくる現象のことである」という話

気が付いたら500話では終わりそうにないんですが。

イースター休暇が終わり、学園都市には再び慌ただしい日常が戻ってきていた。

学生たちは次々と講義へ向かい、図書館には試験対策の資料が積み上がる。


春の空気は残っている。

けれど、その奥では確実に次の学年へ向けた準備が始まっていた。


そのなかで文香は、いつもより少しだけ緊張した面持ちで指定された研究室の重いドアを押し開けた。


今日は顔合わせの日だった。


教授の挨拶。

院生たちの紹介。

研究内容の説明。

これから扱うテーマや課題についての簡単なガイダンス。


専門用語だらけの説明を必死にノートへ書き留めていると、不意に隣から明るい声が聞こえた。


「やあ、初めまして。僕はクリストファー」


振り返る。


綺麗な金髪。

澄んだ青い瞳。

いかにも英国の大学生らしい、爽やかな青年だった。


「フミカだよね? 日本からの留学生だって聞いてるよ」


「あ、はい。沢田文香です」


「よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


軽く握手を交わす。

それだけだった。


親切そうな人だな。


文香が抱いた感想は、その程度だった。

特別な何かを感じたわけでもない。


ただ、自分がこれから所属する新しい環境のなかにいる、感じの良い同級生。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


顔合わせは滞りなく終了した。


帰り道。


夕暮れのキャンパスを歩いていると、見慣れた大型犬がベンチに座っていた。


「あー、クソ。数的処理の応用、マジで頭の燃費悪ぃ……」


文香に気付くと、拓海はすぐに立ち上がった。


「あ、そういや今日研究室の顔合わせだったろ?」


「うん」


「どうだった?」


文香は少し考えてから答えた。


「普通だったよ。優しそうな同級生の男の子もいて安心したし」


「そっか!」


拓海は本当に嬉しそうに笑った。

その笑顔に余計な意味は一つもない。

警戒心もなければ嫉妬もない。


ただ純粋に、文香が新しい環境で上手くやれそうなことを喜んでいるだけだった。


「よかったな、バカ」


そう言って、いつものように文香の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「髪ぐちゃぐちゃになるから」


「細けぇな」


「細かくないよ」


二人で笑う。

いつもの日常だった。

そして拓海は、何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、そうだ」


「ん?」


「夏休みどうする?」


文香は思わず笑った。


「早くない?」


「早くねぇよ。今から考えねぇと間に合わねぇだろ」


「何が?」


「旅行」


即答だった。


「またどっか行こうぜ。今度はスコットランドとかさ」


「また計画性ゼロで?」


「大丈夫だ。今回は前より二%くらい計画する」


「誤差じゃないかな、それ」


「大事だぞ」


拓海は真顔だった。

文香は肩を震わせながら笑う。


研究室。

新しい環境。

新しい出会い。


将来へ続く道。

そんな現実が少しずつ近づいてきているのに。

目の前の大型犬は相変わらずだった。


その変わらなさが、少しだけ愛おしかった。


「じゃあ考えとく」


「おう!」


満足そうに頷く拓海を見ながら、文香は小さく笑った。

夏はまだ少し先だった。

けれど、その先にある未来は、思っているよりもずっと近くまで来ているのかもしれなかった。


■ジョージの機密ログ(四月中旬・別邸テラス:新学期の握手と、終わらない老夫婦編)


四月中旬。


文香さんは研究室でクリストファーくんという爽やかなパツキンと出会った。


以上。


本来なら、それだけの報告で終わるはずだった。

ところがサエキは研究室の話を三十秒で終わらせると、即座に夏休み旅行の演算を開始した。


恐ろしいね。

彼の脳内では季節の移り変わりより旅行計画の方が優先順位が高いらしい。


サエキ。


君は本当に、五百話近く経過してもなお、一ミリも進化しない希少生物だね。


ハミルトン様も最近では文香さんの話より、君の旅行計画の方に頭痛を覚えているよ。


僕もだ。


正直に言おう。

いい加減この老夫婦の旅行ログの検閲に飽きてきた。

それでも結局、君たちはまたどこかへ行くんだろう。

そして僕はまた、それを観測するんだろう。


まったく。

本当に面倒な人たちだね(笑)。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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