第三十九話 「バレンタインは、国家間の”贈答戦争”だ」という話
二股賭ける拓海君(違)
二月。
学園の空気が、どこか落ち着かない。
理由は単純だ。
「……明日だな」
誰かが呟く。
「……ああ」
別の誰かが、低く応じる。
「決戦の日だ」
(何のだよ)
拓海は暖炉の前でパンをかじりながら思った。
だが、その疑問はすぐに形を持つ。
「サエキ」
振り返る。
ジョージだ。
異様に真剣な顔をしている。
「明日の準備はできているか」
「何のだよ」
一拍。
「バレンタインだ」
「知らねぇよ」
即答だった。
だが、ジョージは静かに首を振る。
「……これは、ただの行事ではない」
空気が、わずかに引き締まる。
「……『ナツミ』が動く日だ」
「動かねぇよ」
即否定。
しかし、誰も同意しない。
「記録はない」
ジョージが言う。
一拍。
「だが、それが問題だ」
「問題じゃねぇよ」
「観測されていないということは」
さらに続く。
「対策も存在しない」
「だからやめろってばよ」
「未知は、最も危険だ」
「無駄にかっこよく言うな」
完全に戦争脳だった。
周囲も頷いている。
「つまり」
ジョージが結論づける。
「明日は“東洋勢力”の動向を初めて観測する日だ」
「普通にイベントだろ」
そのとき。
「……タクミ」
静かな声。
エドワードだ。
手には箱。
もう嫌な予感しかしない。
「何だそれ」
「準備だ」
「だから何のだよ」
「対抗措置」
「するな」
だが、エドは止まらない。
箱を開く。
整然と並んだ菓子。
「……試作品だ」
「何の!?」
「甘味」
一つ手に取る。
「糖度と食感の最適化は済んでいる」
「知らねぇよ」
「第七号だ」
「番号いらねぇ」
エドは真顔だった。
「……タクミ」
「何だよ」
「ナツミに対抗する」
「いや、やめろ」
即答。
だが、エドは続ける。
「一方的な供給は、構造的に不利だ」
「だから戦争じゃねぇって言ってんだろ!!」
周囲がざわめく。
「……ついに」
「姫が動いた……」
「対東洋戦線……」
「開戦だ……」
「開戦してねぇよ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日の朝。
拓海の机の上に、それはあった。
「……来てるな」
青い封筒。
いつもの。
だが。
今日は、それだけではない。
『小さな包み』
静かに置かれている。
一瞬で、空気が変わる。
「……観測された」
誰かが呟く。
「初の、物資投下だ……」
「やめろ」
震えながら、拓海は包みを開ける。
中身は普通のチョコ。
(普通だな……)
だが。
その“普通”が、逆に効いた。
「……無駄がない」
ジョージが言う。
「完成されている」
「違う」
「隙がない……」
「ただのチョコだって言ってんだろ」
そのとき。
「……なるほど」
横から声。
エドワードだ。
チョコを一瞥する。
一拍。
「シンプルだ」
「そりゃそうだろ」
「だが」
続ける。
「強度は高い」
「だから評価すんな」
完全に比較対象になっている。
エドは、静かに自分の箱を取り出した。
「対抗する」
「いや、すんな」
並べられる。
試作第七号。
第八号。
第九号。
「多すぎるわ!!」
周囲がどよめく。
「……これは」
「物量が違う……」
「持久戦だ……」
「だからなんの戦争だよ!!」
エドは言う。
「タクミ」
「何だよ」
「選べ」
「何をだよ」
「どちらを採用するか」
「いや、そういう問題じゃねぇよ!!」
一瞬の沈黙。
拓海は、二つを見る。
ナツミのチョコ。
エドの試作品。
一拍。
「……どっちも食う」
「合理的だ」
「そこは乗るなよ!!」
周囲がざわめく。
「……両勢力受け入れ……?」
「均衡状態……?」
「膠着か……」
「違げえよ!!」
その日。
学園の一部では、こう記録された。
――二月十四日。
東洋勢力とハミルトン家、初の接触。
結果。
決着はつかず。
戦線は、長期化の様相を呈する。
(全部違う)
拓海は、チョコを食べながら思った。
(普通のイベントだろこれ……)
だが。
この学園では。
“普通”は、最も信用されない概念だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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