第三十七話 「日本のナツミは、究極の”隠し玉”だ」という話
悠馬の胃痛は親譲り説
冬休み明けの学園。
拓海のデスクの隅には、いつも日本から届く「青い封筒」が置かれている。
それは、本人以外が軽々しく触れていいものではないかのように、どこか場違いな静けさをまとっていた。
それを見たクラスメイトの一人が、震える声で呟く。
「……おい、見たか。またサエキに『青い密書』が届いている」
「……送り主は、例の『ナツミ』。……やはり、彼女こそが……サエキの真の主権者か……」
一拍。
その認識は、瞬く間に寮中へと拡散した。
……サエキ、ハミルトン様を篭絡しつつ、日本に婚約者を囲っている説。
「……なぁ、サエキ」
昼食時。
隣に座った上級生が、妙に静かな声で話しかけてきた。
「お前、……意外とやるな」
「は?」
意味が分からない。
「何がだよ」
上級生は、小さく首を振る。
「……いいんだ」
どこか悟ったような目だった。
「……『姫』には僕たちがついてる。……でも、日本に帰るまでは、……君の自由(ダブル不倫)を尊重しよう」
「不倫じゃねぇよ!!」
思わず声が出る。
「幼馴染だって言ってんだろ!」
だが、その必死の否定は、周囲には別の意味で受け取られた。
「……なるほど」
「不器用な隠蔽か……」
「やはり本物だな……」
「何がだよ!!」
完全に収拾がつかない。
そのとき。
背後から、静かな気配が落ちた。
エドワード・ハミルトン。
その手には、なぜか分厚い本が一冊。
『遠距離恋愛における心理的障壁の構造』
明らかに学業とは無関係だった。
「……タクミ」
低い声。
「その『ナツミ』という個体は……私よりも『強度』が高いのか」
「……またその話かよ」
拓海はスープを啜りながら、ため息をつく。
「比べるもんじゃねぇだろ」
だが。
エドワードの目は、いつになく鋭かった。
「……学園のネットワークによれば」
静かに続ける。
「お前は日本に帰れば『既婚者』になるという情報がある」
「ありえねぇよ!」
即答する。
「合理的ではない」
エドは首をわずかに振った。
「お前の未来は……ハミルトン家と共に設計されているはずだ」
「おい勝手に設計すんな!!」
拓海がテーブルを軽く叩く。
「俺の人生だろが?!」
だが、エドワードは気にしない。
そのまま、机の上の青い封筒へと手を伸ばす。
指先で、なぞる。
「……この封筒」
一拍。
「日本の和紙の香りがするな」
「知らねぇよ」
「嗅覚から郷愁を刺激する戦術」
「違う」
「……ナツミ」
わずかに目を細める。
「恐ろしい策士だな」
「ただの便箋だよ!!」
否定は虚しく、空気はさらに歪む。
周囲の生徒たちが、小声でざわめく。
「……見てろ」
「姫が……ついにライバル(日本)へ動いたぞ……」
「宣戦布告だ……」
「サエキ、生きて帰れるか……?」
なぜか、メモを取っている者までいる。
「おいやめろ」
拓海は小さく言った。
「記録すんな」
誰も止まらない。
そのとき。
椅子が、静かに引かれる。
エドワードが立ち上がった。
「……タクミ」
宣言の前の、いつもの間。
「私は決めた」
嫌な予感しかしない。
「……夏休み」
一拍。
「私も日本へ行く」
「くんな!」
即答だった。
だが、止まらない。
「その『ナツミ』という個体と」
視線が、真っ直ぐ向く。
「直接、構造的な対話を行う必要がある」
「いや来るな!!!」
思わず立ち上がる。
「菜摘が怖がるだろが!!」
周囲がざわめく。
「……ついに、国際戦争か……」
「日英か……」
「歴史が動くぞ……」
「動かねぇよ!!」
拓海は両手で頭を抱えた。
その隣で、エドワードは静かに頷く。
「問題ない」
「何がだよ!問題だらけじゃねぇかよ!」
「調整は可能だ」
「全部無理だわ!!」
叫びは、誰にも届かない。
こうして。
拓海の胃痛は、イギリス国内の問題を越え。
ついに………
日英国際紛争へと、発展しようとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




