第三十六話 「帰還の挨拶は、都市伝説の”裏取り”だ」という話
もうちょっと馬鹿に振り切った話が書きたい、ような気がする。苦手だけど。
一月。
イギリス特有の、灰色で冷たい空気が校舎を包んでいた。
しかし。
校門をくぐった瞬間、拓海が感じたのは寒さではない。
異様な熱気だった。
「……なぁ、エド」
思わず足を止める。
「なんか、みんなこっち見てないか?」
「当然だ」
隣で、エドワードが即答する。
「私の隣に、……『東洋の賢者』が戻ってきたのだからな」
「賢者じゃねぇよ!」
反射的に否定する。
「普通の留学生だよ!」
だが、周囲の視線は逸れない。
むしろ、確信を持ったように向けられている。
(……もう嫌な予感しかしねぇ)
そのまま、寮の談話室の扉に手をかける。
開ける。
…と、その瞬間。
「「「「お帰りなさい! サエキ殿!!」」」」
盛大な拍手。
「……は?」
思考が止まる。
視界の中で、クラスメイトたちが一斉に立ち上がる。
距離が詰まる。
そして囲まれる。
(またかよ)
だが、前回とは違う。
熱量が、明らかにおかしい。
「聞いたぞサエキ!」
一人が叫ぶ。
「ハミルトン卿の威圧を、一歩も引かずに受け流したそうじゃないか!」
「受け流してねぇよ!」
即ツッコミ。
だが止まらない。
「晩餐会では、東洋の古流武術で貴族たちを圧倒し――」
「やってねぇよ!」
「そのまま姫を華麗にリードしたとか!」
「してねぇよ!!」
情報が、どんどんおかしくなる。
「挙句の果てには、家宝の漆器を献上し――」
「おい待て」
拓海が一歩出る。
「その流れで何になるんだよ」
「事実上の婚約だ!」
「ちょ!飛びすぎだろ!!」
一瞬の沈黙。
そして。
「……なるほど」
誰かが頷いた。
「筋は通っている」
「どこがだよ!通ってねぇよ!!」
もはや修正不能だった。
拓海は頭を抱える。
「……誰だ」
低く呟く。
「誰がそんな、……100メロス級のデマ流した」
そのとき。
一人が、確信を持って言った。
「エドワード様だ」
「お前かよ!!」
即座に振り向く。
エドワードは、いつも通りの涼しい顔で立っている。
「私は事実を述べただけだ」
「どこがだ!!」
「タクミの強度は」
一拍。
「お前たちの理解を超えている」
静かに言い切る。
「それだよ原因!!」
だが、周囲は違う反応を見せた。
「……やはり」
「直接の言葉か……」
「確定情報だな」
「なんでだよ!!」
完全に裏取りされた扱いになっている。
「もはや君は、ただの日本人ではない」
誰かが言う。
「……『ハミルトンの懐刀』だ」
「やめろ」
拓海は静かに言った。
「それ一番めんどくさいやつだ」
「……タクミ」
横で、エドワードが頷く。
「誇らしいな」
「誇らしくねぇよ!!」
即答だった。
「お前の発言が全部悪いんだろ!!」
「失言ではない」
エドは静かに首を振る。
「構造的に述べただけだ」
「その構造がバグってんだよ!」
そのとき。
エドワードが、おもむろに何かを取り出した。
漆の文箱。
あの箱だ。
机の上に、静かに置かれる。
「……見ていろ」
周囲の空気が、変わる。
「これが」
蓋が開いて
中にびっしりと詰まっていたのは。
手紙。
大量の手紙。
「……私たちの休暇の『強度』の結晶だ」
沈黙。
そして。
「……おお……」
「これは……」
「量が、物理的におかしい……」
ざわめきが広がる。
誰かが、震える声で言う。
「……愛の、重みが……」
「違う」
拓海が即座に否定する。
「ただの手紙だ」
「毎日一通だ」
エドが補足する。
「軽く言うな!!」
だが、誰も聞いていない。
「やはり……本物だ」
「間違いない」
「確定だな」
(何がだよ)
拓海は、ゆっくりと天井を見上げた。
終わっている。
そのとき。
ポケットの中で、スマホが震えた。
取り出してメッセージを見る。
*******************
差出人:菜摘
『たっくん、イギリスで有名人になってるの?』
*******************
一瞬、固まる。
(……来たな)
嫌な予感が、現実になる。
拓海は、静かに画面を閉じた。
そして。
(……菜摘、助けてくれ)
心の中で呟く。
(俺、もう日本に帰れる気がしねぇわ……)
周囲では、いまだに拍手が続いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




