第三十五話 「”問題ない”という断言は、世界を納得させる」という話
ってか男同士でダンスしたんか
会場の空気は、前回とは違っていた。
ざわめきは同じ。
人の数も、むしろ増えている。
しかし……
「……囲まれねぇな」
拓海は小さく呟いた。
「合理的距離だ」
隣でエドワードが答える。
「便利な言葉だな、それ」
前回のように、露骨に囲まれることはない。
だが、視線はある。
遠くから、
測るのではなく、確かめるような視線。
「……あれが」
「”例外”か」
小さな声が、断片的に届く。
(やっぱ覚えられてるな……)
落ち着かない。
でも、逃げ場もない。
「タクミ」
「ん?」
「動く」
短い指示。
「どこにだよ」
「会話だ」
「雑だなほんと」
だが、連れていかれる。
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「サエキ様」
声がかかる。
振り向くと、中年の紳士が一人。
前回の老貴族ほどの圧はないが、目は鋭い。
「先日は、お見事でした」
「……は?」
何の話だ。
だが、ここで黙るのもおかしい。
「どうも」
無難に返す。
「日本の礼は、あのように簡潔なのですか」
「あー……まぁ、場合によります」
とりあえず正直に言う。
誤魔化さない。
「形式はありますけど、あれは……」
少し考える。
「楽なやつです」
一瞬の沈黙。
「……なるほど」
紳士が頷いた。
「無駄を削ぎ落とした、ということですか」
(違う)
違うが。
否定するほどでもない。
「……そんな感じです」
結果、通る。
「興味深い」
紳士は満足したように去っていった。
「……なんでだよ」
思わず呟く。
「問題ない」
エドワードが言う。
「会話として成立している」
「基準が分かんねぇよ」
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再び席に着く。
ナイフとフォークが並ぶ。
数は同じ。
だが、少しだけ見慣れている。
「……外側から、だな」
「正しい」
エドが頷く。
「このナイフは」
「言うな」
先手を打つ。
「物騒な説明する気だろ」
「合理的だ」
「分かってるから言うな」
だが、手は止まらない。
前回よりも、少しだけ滑らかに動く。
その様子を、誰かが見ている。
「……なるほど」
小さな声。
「学習が早い」
(いや、やめろ)
心の中で否定する。
(てか普通だろこれ)
だが、評価は上がる。
理由は分からない。
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そのとき。
「失礼」
別の声がした。
見ると若い男が立っている。
視線が、まっすぐ向けられる。
「あなたが、例の方ですか」
「例のって何だよ」
思わず本音が出る。
が、相手は気にしない。
「東洋の……留学生だとか」
言葉を選んでいる。
「少々……興味があります」
一歩、距離を詰める。
「どの程度に方か」
(あー、これ来たな)
さすがに俺でも分かる。
これは“試し”だ。
エドワードが、わずかに視線を動かす。
「不要だ」
短い一言。
空気が、止まる。
若い男が、一瞬だけ目を細める。
だが、すぐに引いた。
「……失礼しました」
それ以上は踏み込まない。
スッと去る。
(今、何が起きた?)
拓海は、横を見る。
エドワードは、何事もなかったように食事を続けている。
「……おい」
「なんだ?今のは」
「問題ない」
「説明しろよおい」
「不要だ」
終わった。
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音楽が変わる。
まただ。
「タクミ」
「今日はやらねぇぞ」
「やる」
即答。
手を取られる。
「拒否権!」
「ない」
「だろうな!」
引きずられるように中央へ。
だが、今回は違う。
少しだけ。
「……合わせろ」
エドが言う。
「無理言うな」
「可能だ」
音が流れる。
一歩踏み出す。
「……あ」
今回は違う。
前回より、動きが少しだけ分かる。
「そこだ」
「うるせぇ」
だが、動きは止まらない。
回る。踏む。流れる。
「……ほう」
また声。
「制御している」
(してねぇよ)
だが、そう見えるらしい。
結果、整って見える。
「……なるほど」
「やはり」
勝手に納得される。
(もういいや)
諦めた。
曲が終わる。
静かに止まる。
拍手。
前回より、自然だった。
「……どうだよ」
エドワードが言う。
「問題ない」
「それ以外言えねぇのか」
だが、息は乱れていない。
「……ま、いっか」
また同じ言葉が出る。
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その夜。
会場の端で、誰かが呟く。
「……あれは」
一拍。
「本物だな」
(何がだよ……)
意味は、分からない。
だが。
評価だけは、確実に積み上がっていた。
その中心にいる当人だけが、何も分かっていないまま。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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