第三十四話 「新年会は、評価(デバッグ)済みの再試験だという話」
今回は新年パーティ
年が明けた。
ハミルトン邸は、年末の喧騒とは違う種類の活気に包まれていた。
騒がしくはない。だが、静止しているわけでもない。
むしろ、全体が“整えられている”という印象に近い。
廊下を行き交う使用人たちの動きは、無駄がなく、引き締まっている。
一人ひとりの所作が、どこか研ぎ澄まされていた。
「……なんか、また増えてねぇか?」
客室の窓から庭を見下ろしながら、拓海は小さく呟いた。
並ぶ車の数。
見慣れない紋章。
明らかに、前回よりも多い。
「増えている」
背後から、いつもの声。
振り返ると、エドワードが立っていた。
すでに正装。
前回と同じ形式だが、わずかに隙がない。
完成度が一段上がっているように見える。
「新年の挨拶だ」
「規模おかしいだろ」
「通常だ」
「通常の基準どうなってんだよ」
軽く息を吐く。
だが、もう驚きはしない。
ある程度、慣れてしまっている。
――それ自体が問題な気もするが。
「タクミ」
「ん?」
「準備だ」
短く告げられる。
「……またかよ」
視線を落とすと、すでに衣装が用意されていた。
前回よりも整えられ、無駄のない配置で置かれている。
「俺、これ毎回やるのか?」
「合理的だ」
「それ理由になってねぇ」
返事は分かっている。
拒否権はない。
「……はぁ」
観念して腕を上げる。
すぐに使用人が動いた。
布が重なり、整えられていく。
動きは静かで、速く、そして正確だった。
鏡の前に立たされる。
「……なんか、この間よりやばくねぇか」
「問題ない」
エドワードが横に並ぶ。
一瞥。
それだけで終わる。
「それ、評価してんのか?」
「事実だ」
短い返答。
拓海は肩を軽く回した。
動きにくさは、ほとんどない。
「……怖ぇなこれ」
「精度は高い」
「いやそこじゃねぇ」
息を吐く。
鏡の中の自分を見る。
違和感は、まだある。
だが――
「……まぁ、いっか」
また同じ言葉が口をついた。
理由は、まだ分からないまま。
廊下に出る。
前回よりも、明らかに人が多い。
すれ違う視線の質も違っていた。
「……おい」
小さく声を落とす。
「なんか、俺、見られてねぇか?」
「見られている」
「だよな」
否定はされない。
だが、前回のような刺さる視線ではなかった。
値踏みではなく、距離を測るような目。
「確認だ」
エドワードが言う。
「……何の?」
「前回の結果だ」
「は? テストかよ」
「そうだ」
即答だった。
「……聞きたくなかった」
だが、納得はできる。
(あー……そういうことか)
前回は“面接”。
なら今回は――
「再試験だ」
「言い方よ」
「正確だ」
否定できない。
やがて、大きな扉の前に出る。
前回と同じ場所。
だが、空気が違う。
人の数。
音の重なり。
すべてが一段階増している。
「……なぁ」
拓海が小さく言う。
「俺、帰っていいか?」
「否定する」
「早いな」
間もなく、扉が開く。
光が広がる。
音が流れ込む。
そして――人。
前回よりも多い視線が、一斉にこちらへ向いた。
一歩、踏み出す。
空気が変わる。
「……あれが」
誰かの声。
「ハミルトン子息の“例外”か」
「東洋の……」
小さな囁き。
だが、確かに届く。
(あー……)
理解する。
「覚えられてる」
「当然だ」
エドワードが横で言う。
「問題ない」
「便利だなそれ」
「事実だ」
短いやり取り。
だが、前回とは明確に違う。
囲まれない。
だが、無視もされない。
距離だけが、一定に保たれている。
「……なんだこれ」
「合理的距離だ」
「便利な言葉だなほんと」
小さく笑う。
そのとき。
「エドワード様」
エドワードに声がかかる。
前回見た老貴族。
だが、表情が違う。
「その方が」
視線が、こちらに向く。
一拍。
「例の」
短い言葉。
だが、意味は十分だった。
「……タクミだ」
エドワードが答える。
それだけ。
だが――
前回とは違う。
「ほう」
老貴族が、ゆっくりと頷く。
「……なるほど」
評価ではない。
これは確認だ。
「……通っているな」
小さく、呟かれた。
(……マジかよ)
声には出さない。
だが。
ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。
「言っただろう」
横から、エドワードの声。
「何をだよ」
「問題ない」
「だから雑なんだよそれ」
苦笑する。
それでも今は。
その言葉が、少しだけ頼りになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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