第三百二十八話 「評価とは、当人の知らぬところで上がるものである」という話 (前段)
お茶会という名の婚活パーティ
一月。ロンドン郊外の邸宅。
新年のお茶会という名の品評会は、拓海の絶望と共に幕を開けた。
「あなた、ちゃんとした服も持ってきていないの?」
詩織の視線が、逃げ場なく突き刺さる。
「着替えなさい。すぐに」
「……嫌だよ。めんどくせぇ。お茶飲んだら帰るぞ、俺は」
「拒否権はないの」
一歩、距離を詰める。
「何なら、お姉様が手伝ってあげましょうか?」
「……っ」
一瞬の逡巡。
「……着替えるよ。バカ」
詩織の審美眼によって、拓海は私服から無理やり最高級のスーツへと押し込まれた。
会場に入った瞬間。
拓海は目眩を覚えた。
数組の家族。
同伴された年頃の娘たち。
そして―
自分と同じように、期待という枠に収められた同年代の男たち。
(……集団見合いかよ)
そこでは、佐伯拓海という人間は、
「佐伯家の息子」というラベルを貼られた、
代替可能な数の一つに過ぎなかった。
「落ち着いていらっしゃるわね」
「品がありますわ」
「将来有望ですこと」
無心で紅茶を見つめ、
必要最低限の相槌だけで済ませる。
「……あー、どうも」
その“やる気のなさ”は、
若さに似合わぬ沈着冷静さとして変換され、
評価は天井知らずに跳ね上がっていく。
(……なんでだよ)
その光景を、邸宅の外。
冷たい鉄格子の門の向こうから、氷のような眼差しで見つめる男がいた。
「……一人では、ないのか」
エドワードの声は、怒りを通り越して、
ほとんど虚無に近い。
知らない場所で。
知らない基準で。
拓海が、”良質なサンプル”として並べられている。
乱入して、「彼は私のものだ」と言うことは容易い。
だが―
それをやった瞬間。
拓海の立場も、
そして彼が辛うじて守っている“日常”も、
全て壊れる。
「ハミルトン様」
ジョージが、珍しく真剣な声で言った。
「今の君が入ったら、物語が終わる」
一拍。
「だから今は――見ているしかない」
「彼が“数”として扱われる、その屈辱を」
「君も一緒に味わうんだ」
会場の中。
拓海は、カップの中の茶葉の動きをぼんやりと見つめていた。
(……帰りてぇ)
一瞬、目を伏せる。
(……エドのバカな話聞いてる方が、百倍マシだわ)
その横顔は、またしても
“深みのある青年”として評価されている。
本人だけが、それを知らないまま。
■ジョージの機密ログ(一月:市場価値の残酷)
一月。お茶会会場の外。
僕は、ハミルトン様が“無力感”という名の檻に閉じ込められる瞬間を見たよ。
サエキ。
君は自分が商品として展示されていることに気づいている。
だが同時に―
その評価が、自分の意図とは真逆に進んでいることにも。
君が帰りたがるほど、価値は上がる。
皮肉だね。
ハミルトン様。
君は初めて知った。
君にとっての“唯一”が、
この社会では“代替可能な駒”として扱われるという事実を。
君が手を出せない場所で、
彼は一人で戦い、
そして勝手に評価されていく。
その現実が―
君の独占欲を、無力にする。
■ジョージ幕間(観測ログ:82-UK・陳列された太陽編)
エドワード(主演・沈黙する憤怒):
「……ジョージ」
低く、押し殺した声。
「……あそこに並んでいる男たち」
一拍。
「そして、その娘たち」
「全て、調べろ」
「資産、コネクション、背景」
「……必要なら、分母ごと消す」
ジョージ(観察員):
「それ、ただの八つ当たりだよ(笑)」
一枚の写真を差し出す。
死んだ魚のような目で紅茶を飲むサエキ。
「見てよ」
「彼は、あんなに帰りたがってる」
一拍。
「君の隣にいる時は、あんなに生き生きしてるのにね」
「……彼を救えるのは」
「権力じゃなくて君っていう“非日常”かもね」
会場の中。
「……あー、めんどくせぇ」
「早く終わんねぇかな」
(追記)
ジョージは、会場内でサエキに話しかけている男を見つめながら、
“どう社会的に消すか”を真剣に計算しているエドワードを激写した。
「ハミルトン様」
「君、今一番つらい場所にいるよ」
「手を出せない距離で、全部見えてる」
一拍。
「ほんと、最高だね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




