第三十二話 「晩餐会は、有無を言わさぬ「強制アップデート」だ」という話
拓海君社交デビュー(笑)
夕方。
客室の扉が、静かにノックされた。
「……はい?」
拓海が応じると、すぐに扉が開く。
入ってきたのは、見覚えのある使用人が三人。
その後ろに、衣装を抱えた人物が続く。
「サエキ様。お支度の時間でございます」
「……は?何の…?」
聞き返す間もなく、室内に人が広がる。
衣装が運ばれ、テーブルに並べられる。
黒。
深い色の、正装だった。
「……いやちょっと待て?!」
拓海は思わず一歩引いた。
「俺、これ聞いてないんだけど」
「本日の晩餐会にご同席いただきます」
淡々とした説明。
「は?え?いやいやいや」
手を振る。
「俺、エドの客だろ? 部屋で大人しくしてる枠じゃないのか?」
「いいえ」
即答だった。
「ハミルトン家の客として、ご出席いただきます」
逃げ道がない。
「……誰が決めた」
一拍。
「私だ」
背後から声。
振り向くと、エドワードが立っていた。
すでに正装。
無駄がない。
「……お前かよ」
「合理的判断だ」
「どこがだよ」
「会話が届く距離にいる必要がある」
「夕食でも聞いたぞそれ」
同じ理屈で押し切るつもりらしい。
拓海は額を押さえた。
「……で、服は?」
視線を向ける。
「俺、こんなの持ってねぇぞ」
「問題ない」
またそれだ。
エドワードが軽く視線を送る。
「用意してある」
「……いつの間に」
「昨日だ」
「いつ!?」
「測定は済んでいる」
「だからいつだよ!」
一瞬の沈黙。
エドワードは、ほんの少しだけ考える素振りを見せてから、
「風呂だ」
「風呂かよ!!」
思わず声が大きくなる。
「見てたのか!?」
「必要な範囲でだ」
「範囲広すぎだろ!!」
使用人たちは、何事もなかったかのように動いている。
逃げられない。
「……はぁ」
観念した。
「分かったよ……着るよ」
それだけ言うと、すぐに動きが変わる。
「こちらへ」
「腕をお上げください」
手際がいい。
気づけば、拓海は椅子に座らされていた。
服が重なる。
袖が通される。
ボタンが留められる。
無駄がない。
そして…
「……はい」
最後に、鏡の前に立たされた。
拓海は、思わず言葉を失った。
見慣れない。
だが、似合っていないわけでもない(多分)。
「……なんだこれ(なんだこれ)」
ぽつりと漏れる。
エドワードが横に立つ。
一瞥。
「問題ない」
「いやそれ便利だなほんと」
「事実だ」
短い会話。
しかし、妙に重い。
拓海は、少しだけ肩を回した。
動きにくくはない。
「……サイズ、合ってんな」
「当然だ」
エドは即答する。
「精度は高い」
「って、だから怖ぇんだよ」
軽く息を吐く。
鏡の中の自分を見る。
いつもの自分ではない。
だが。
「……まぁ、いいか」
小さく呟く。
理由は、分からないまま。
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廊下に出る。
すでに、空気が違っていた。
人の気配。
音。
準備の流れ。
すべてが、同じ方向に動いている。
「……今から、あそこ行くのか」
「そうだ」
エドワードは前を歩く。
迷いがない。
「タクミ」
「ん?」
「離れるな」
短い指示。
「迷う」
「それは否定しねぇ」
正しい。
廊下は広く、分岐も多い。
一人なら確実に迷う。
やがて。
大きな扉の前に出る。
人がいる。
使用人。
そして、その向こう。
ざわめき。
洗練された音楽。
眩い光。
「……おい」
拓海が小さく言う。
「俺、めっちゃ場違いじゃねぇか?」
一瞬。
エドワードが、こちらを見る。
ほんのわずかに。
「問題ない」
それだけ。
なのに、その言葉は、今までよりも、はっきりしていた。
「……だから雑なんだよそれ」
苦笑する。
だが、足は止まらない。
扉が開く。
光が広がる。
人の声が、一気に流れ込む。
そして。
思い切ってその場に、踏み込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




