第三百二十五話 「評価とは、当人の知らぬところで上がるものである」という話
まぁそんなお年頃?
十二月。サウス・ケンジントンの高級ティーサロン。
昨夜の夜会の余韻が、淑女たちの優雅な会話となって転がっていた。
「神崎様。先日の催しにいらしていた、あの黒髪の青年……あの方はどちらの方?」
「あら。実家の弟ですの。こちらの大学に進学しておりますのよ」
詩織はカップを傾け、余裕のある笑みを浮かべる。
「まぁ、佐伯様のご子息? 道理で……立ち居振る舞いが実に落ち着いてらしたわ」
一拍。
「ぜひ、我が家の娘とも一度お会いしていただきたいわね」
拓海が面倒くさがって、最短距離の礼儀で済ませた態度は、
皮肉にも“洗練された落ち着き”として評価を爆上げしていた。
商品価値として、佐伯拓海という名が社交界のリストに書き込まれた瞬間だった。
数時間後。
寮の自室。
死んだように寝ていた拓海のスマホが震える。
『昨夜の評判、とても良かったわよ。……近いうちに、私の友人の娘さんとお茶でもどうかしら?』
「……無理。知らん。……寝かせろ、バカ」
送信。
そのままスマホを枕の下に叩き込み、再び沈む。
同時刻。ハミルトン邸。
「ハミルトン様。朗報だよ」
ジョージが、愉快そうに口角を上げる。
「サエキに縁談が持ち上がっている」
一瞬。
万年筆の先が、紙の上で止まった。
「……は?」
「昨夜のパーティーの奥様方だよ。
いい青年だったから、自分の娘と結婚させたいんだってさ(笑)」
沈黙。
「……なぜだ」
低く、押し潰した声。
「なぜ、私の知らぬところで、そのような話が進む」
一拍。
「……会ってもいないのに」
ジョージが肩をすくめる。
「だって君、関係者じゃないし」
ポテトを齧る。
「……蚊帳の外だね」
「関係者ではない……だと……?」
エドワードの視線が、机の一点を射抜く。
見えていない場所にいるはずの誰かを、捕まえようとするかのように。
「……なぜ今、目の前にいない」
小さく、零れる。
その瞬間。
スマホが震えた。
表示。
『タクミ。縁談とはどういうことだ』
数秒後。
『知らねぇよバカ。勝手に話進んでるだけだ』
さらに。
『断れ』
間を置かず。
『もう断ってるわ』
沈黙。
エドワードは、画面を見つめたまま動かない。
「……そうか」
小さく、息を吐く。
だが。
胸の奥に残る違和感は、消えない。
■ジョージの機密ログ(十二月:暴走する価値評価)
十二月。ハミルトン邸の書斎。
僕は、ハミルトン様が“所有していないもの”に値札が付けられる瞬間を見たよ。
サエキ。
君の不愛想な誠実さは、大人の世界では“最高の品格”に変換される。
君が逃げれば逃げるほど、その価値は上がる。
皮肉だね。
ハミルトン様。
君は怒っている。
だがその怒りは、相手に向いているようで―
実のところ、もっと厄介な場所にある。
「なぜ止められないのか」
世界は、君の許可なく彼を評価する。
そして君は、”それを止める立場にいない”。
■ジョージ幕間(観測ログ:79-UK・縁談と距離編)
エドワード(主演・静かなる干渉者):
「……その家系を調べろ」
低く、淡々と。
「それと―今後、同様の接触を遮断する手段を検討する」
ジョージ(観察員):
「それ、ただの過剰反応だよ(笑)」
肩をすくめる。
「サエキ本人は秒で断ってる」
一拍。
「でもさ」
「サエキの姉上は、君の存在を一切考慮してない」
「それが一番、効いてるんじゃない?」
沈黙。
数秒後。
エドワードの指が、スマホの画面をなぞる。
「……断っている、か」
小さく呟く。
安心と。
理解できない苛立ちが、同時に残る。
(追記)
「あーあwwww」
ジョージは、短いやり取りを何度も読み返しているエドワードを見逃さなかった。
「ハミルトン様」
「君がどれだけ彼を守ろうとしても」
一拍。
「彼は、君の外側で勝手に価値を持つ」
「―それでも手を離さないなら」
「まあ、見ものだね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




