第三百二十三話 「大人とは、選ぶ前に立場を与えられるものである」という話
拓海君、苦手そうだもんね。社交とかw
十二月。冷たい雨が上がるのを待たず、一本の連絡が入った。
「拓海、今夜の七時。サウス・ケンジントンまで来なさい。遅れは許さないわよ」
姉・詩織からの、拒絶を許さない召集命令だった。
指定された場所に足を踏み入れた瞬間、拓海は自分の場違いさを理解した。
そこは、外交官レベルの人間が集う夜会。
重厚なシャンデリアが光を落とし、ドレスとスーツが擦れる音が、流暢な英語の奔流に溶けている。
「あなたももう二十歳。大学生でしょう」
詩織は、拓海のネクタイの歪みを優雅な手つきで直す。
「最低限の場には慣れておきなさい」
逃げ場のない微笑。
「拓海、あなたには―選ぶ前に立たなければならない場所があるのよ」
拓海は、淀みない所作でグラスを受け取る。
背筋は伸び、言葉は正確。
視線も、間も、すべてが整っている。
だが、その内側は一言で足りた。
(……めんどくせぇ)
視線が刺さる。
値踏み。確認。分類。
“誰の息子か”
“どこまで使えるか”
それらすべてを、黙って受け流す。
同じ頃。
ハミルトン邸の広大なホール。
エドワードは、まったく別の空気の中にいた。
そこでは彼は自然だった。
呼吸と同じように言葉を選び、
違和感なく人を導き、
場そのものを自分の色に染める。
拓海にとっての“戦場”は、
エドワードにとっての“日常”だった。
夜会の帰り道。
凍てつく路上。
張り詰めていたものを吐き出すように、拓海はスマホを取り出す。
画面に並ぶ名前。
「菜摘」
「佐藤」
一瞬、指が止まる。
ほんの一拍。
そのまま、佐藤を開く。
『……死ぬほど疲れた。……バカばっかだ。……そっちはどうだ』
すぐに返信は来ない。
拓海はポケットに戻しかけて……
震えた。
『こっちも死んでる。課題地獄。メリークリスマス(佐藤)』
「……遅ぇんだよ、バーカ」
小さく呟く。
だがその声は、さっきより少しだけ軽かった。
■ジョージの機密ログ(十二月:大人の仮面)
十二月。サウス・ケンジントンの外。
僕は、サエキが与えられた役割を、完璧に演じてみせるのを見たよ。
サエキ。
君の姉上は、君の粗削りな輪郭を削ぎ落とし、
美しい形に整えようとしている。
君はそれを拒まない。
だが、受け入れてもいない。
あの夜、君が選んだ名前。
そして、選ばなかった名前。
それがすべてだ。
ハミルトン様。
君が当然のように立っているその場所に、
今日、サエキはいなかった。
君が知らない場所で、
君が知らない顔をして、
君が知らない誰かと、言葉を交わしていた。
祝祭とは残酷だ。
離れているものを、
はっきりと見せつける。
■ジョージ幕間(観測ログ:77-UK・社交と孤独編)
エドワード(邸にて):
「……タクミは何をしている」
わずかに眉を寄せる。
「今夜の彼は、私の知らない風に吹かれている気がする」
「ジョージ、現在地を―」
ジョージ(観察員):
「やめときなよ(笑)」
軽く遮る。
「それ、ただの野暮だ」
写真を一枚見せる。
退屈そうにシャンパンを見つめる拓海。
「彼は今、君のいない世界で、大人をやってる」
「君が守っておきたかった時間は、もう終わりかけてるんだよ」
数分後。
エドワードのスマホが震える。
『……死ぬほど疲れた。……バカばっかだ』
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
「……そうか」
表情が、わずかに緩んだ。
(追記)
ジョージは、その短い一文で満足したように落ち着いたエドワードを見逃さなかった。
「ハミルトン様」
「君がどれだけ彼を囲い込もうとしても」
「彼には、君の外側にある場所がある」
「そして今、君はそれを初めて知ったってことだねw」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




