第三百十七話 「欠席連絡を入れた瞬間、人は少し人間失格になる」という話
鬼の霍乱的な?
十一月(風邪と人間失格・文学的看病)
しとしとと雨の降る英国。
拓海は珍しく、熱を出して寝込んでいた。
講義の欠席連絡を、教授宛てに短いメール一本で済ませる。
その送信ボタンを押した瞬間―
社会から少しだけ脱落したような、
妙な背徳感と解放感が胸に広がった。
ああ、今日の俺は駄目な人間だ。
ほんの少しだけ、
人間失格になった気がした。
だが、その静寂は数分で終わる。
ドアが勢いよく開いた。
「タクミ!!」
嵐のような男が入ってきた。
「死ぬな! 意識を保て!」
「ジョージ! 医者を呼べ! 薬剤師もだ! 念のため司祭も待機させろ!」
ベッド脇で絶叫するエドワード。
拓海は薄く目を開けた。
「……ただの風邪だっつってんだろ、バカ」
「司祭呼んでどうすんだよ……殺す気かよ……」
窓辺でジョージが雨を眺めていた。
「人は軽症ほど大騒ぎするね」
「サエキが寝込んでるだけなのに、ハミルトン様の中ではもう――」
「“愛する男を病で失う孤独な魔王の物語”が始まってるよ」
エドワードは拓海の手を握り、勝手に独白を始めた。
「タクミ……」
「君のいない講義室は、空虚だった」
「君を失うくらいなら、私はこの大学ごと――」
一拍置く。
「いや、このロンドンの冬ごと焼き払ってしまいたい」
「……勝手に焼き払うな、バカ」
「熱上がるから、黙ってろ……」
拓海の風邪そのものより、
周囲が勝手に盛り上がって文学化していく。
申し訳なさより、呆れが勝った。
そして拓海は、エドワードの声を子守唄代わりに、再び深い眠りへ落ちていった。
■ジョージの機密ログ(十一月:看病という名の試練)
十一月。学生寮、サエキの部屋。
僕は、ハミルトン様が看病という名の独演会を開催しているのを見たよ。
サエキ。
君が欠席メールを送った瞬間、
少しだけ世間からはみ出した顔をしていたのを僕は見逃さなかった。
でも、ハミルトン様が来たせいで、君は堕落する暇すら失ったね。
魔王の情熱は、風邪菌より騒がしい。
ハミルトン様。
君はサエキの体温を心配しているふりをして、
自分の悲劇性に酔っているだけじゃないかな。
司祭を呼ぼうとした時、
僕は本気で君を廊下へ投げ出そうと思ったよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:71-UK・病室の文学論編)
雨の午後。寮の廊下。
エドワード(主演・悲劇の騎士):
「なぜだ!」
枕を抱えて立ち尽くす。
「なぜタクミは私の手を振り払う!」
「私は彼の内なる孤独を癒そうとしているだけだぞ!」
ジョージ:
「一番必要なのは静寂だよ(笑)」
エドワード:
「弱っている今こそ、私は彼の魂と一つになるべきなのだ!」
「司祭が駄目なら、詩人を呼べ!」
「枕元で叙事詩を――」
ジョージ:
「寝かせてあげなよ」
拓海(数日後・講義室):
「……ふぅ。治った」
席に座りながら横を見る。
「おいエド」
「お前のせいで、変な夢見たぞ」
教科書を開く。
「もう二度と看病すんな。バカ」
全快だった。
(追記)
熱で朦朧とする拓海の枕元で、
エドワードがシェイクスピアのソネット朗読を始めた瞬間。
「うるせぇんだよ、バカ!!」
部屋中に怒声が響いた。
ジョージはその瞬間をしっかり記録した。
ハミルトン様。君がどれだけ彼を美しく慈しみたくても。
彼を一番強くさせているのは”お前のペースには絶対に飲まれない”という、
彼の不屈の抵抗精神なんだよ。(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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