第三百十八話 「弱った姿を見られた者ほど、翌日うるさくなる」という話
拓海君は休んだ次の日妙に元気出すタイプ
十一月。講義室。
まだ微かに鼻声の拓海は、何事もなかったような顔で席に着き、教科書を開いた。
そして次の瞬間、小さく咳き込んだ。
その音を聞き逃すほど、隣の男は鈍くない。
資本主義の魔王――エドワード・ハミルトンが、
まるで国家緊急声明でも出すような厳かさで口を開いた。
「やはり環境が悪い」
「タクミ。今夜からハミルトン家所有の別邸へ移れ。あそこなら二十四時間体制の医療スタッフ、湿度を完璧に管理した寝室、栄養士監修の食事、騒音ゼロの睡眠環境―」
「……移るかよ」
拓海は鼻をすすり、掠れた声で切り捨てた。
「あと病院じゃねぇんだから、医療スタッフとか要らねぇんだよ。バカ」
だが、エドワードは止まらない。
むしろ拒絶されたことで、謎の使命感に火がついた。
「拒否するか。ならば仕方ない」
一拍置き、堂々と言い放つ。
「私がその寮へ行く」
「は?」
「寮長には既に話をつけてある。君のベッドの隣に私のデスクと仮眠用カウチを搬入し、
夜間は私が体調を監視―」
「来んなバカ!!」
講義室に響く声。
「寮長に何言ったんだよ! あと狭ぇんだよ! お前が来たら別の病気になるわ!」
「病気? 私が君の特効薬になる、という意味かな?」
「うるせぇ、死ね(比喩)!」
その時、教授が入室した。
教壇に資料を置き、静かに一言。
「着席しなさい」
魔王の“管理計画”という名の叙事詩は、そこでようやく中断された。
■ジョージの機密ログ(十一月:魔王の不法侵入予告)
十一月。講義室後方。
僕は、ハミルトン様が「愛情」を「衛生管理」という名の
独裁へ変換する瞬間を見たよ。
サエキ。
君の抵抗は正しい。全面的に正しい。
でも、君が「バカ」と言えば言うほど、ハミルトン様の中では、
“反抗的で弱った小鳥を保護すべき飼育員”
としての使命感が増しているんだ。
最悪だね。
ハミルトン様。
君が共同キッチンに銀食器一式を搬入しようとしているのを、僕は知っているよ。
サエキの風邪より先に、寮のシンクと大学の秩序が壊れるね。
■ジョージ幕間(観測ログ:72-UK・管理と監禁の境界線編)
十一月。放課後、カフェテリア。
エドワード(主演・全知全能の守護者):
「理解できん!」
高級紅茶を置き、立ち上がる。
「なぜ彼は私の完璧な保護を拒むのだ! あの湿った寮の壁が、
彼の繊細な肺を蝕んでいるというのに!」
その手には、既に発注済みの
“寮用・最高級空気清浄機”
のカタログが握られていた。
ジョージ(秩序の守り人):
「ハミルトン様。それは看病じゃなくて監禁だよ(笑)」
ノートを取りながら喉を鳴らして咳払いしているサエキの写真を見せ、肩をすくめる。
「サエキは、高級な檻より、自分の安っぽい自由で風邪を治したいんだよ」
「それに君が寮へ行ったら、あいつ休むどころか、君を殴るために徹夜するよ?」
拓海(帰寮途中の廊下):
「……おい、エド」
振り返らずに言う。
「絶対来るなよ」
「マジで鍵かけるからな」
少し間を置いて、最後に吐き捨てた。
「あと寮長に変な金握らせんな。バカ」
(追記)
翌朝。
寮の玄関に、差出人不明の巨大な木箱が届いた。
中身は、特注の銀食器一式。
拓海は無表情のまま、伝票にこう書いた。
受取拒否
その一部始終を、ジョージは静かに撮影していた。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を管理下に置きたくても
彼を一番輝かせているのは、清潔なベッドの上じゃなく―
泥臭い現実の中で、君の支配を蹴り返し続ける、その野性味なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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