第三百十六話 「悲劇とは、解釈する者が増えるほど面倒になる」という話
キャンパス編終るまで何話かかるんだろうか・・・(絶望)
十一月。曇り空の英国。石造りの講義棟。
本日の題材は、シェイクスピア『ハムレット』だった。
最前列で背筋を伸ばし、万年筆を走らせるエドワード。
最後列で頬杖をつき、半分眠そうな顔をしている拓海。
二人の解釈は、開始十五分で真っ向から衝突した。
エドワードにとって、これは高潔な魂が背負う王権と責務の物語だった。
「父王の亡霊との対峙」
「腐敗した王国を浄化する使命」
「そして、決断を下すまでの深き苦悩――」
彼はハムレットの優柔不断さえ、思慮深さとして美しく飾り立てていく。
「これこそ、支配者の宿命だ」
うっとりしていた。
一方、拓海は教科書の余白に「バカ」と書いていた。
「……いや、ただの面倒くさい男の話だろ」
教室が静まる。
「さっさと叔父を殴れば終わる話を、
一人でこねくり回して周り巻き込みすぎなんだよ」
「独り言も長ぇし」
「バカか」
教授が眼鏡を外した。
拓海の解釈は、浪人時代に鍛えられた最短ルート思考そのものだった。
悩む前に動け。
回り道をするな。
期限は待ってくれない。
人生でそう学んできた男には、ハムレットは少し悠長すぎた。
真ん中の席で、ジョージが静かにコーラを飲んでいた。
「まあ、どっちも正しいよね」
「ハミルトン様は“理想”を読んでる」
「サエキは“現実”を見てる」
「解釈する人間が増えるほど、悲劇ってただの面倒な騒動になるんだ」
「タクミ!」
エドワードが振り返る。
「君は復讐の美学を理解していないのか!」
「美学で腹が膨れるかよ」
拓海は欠伸をした。
「お前、ハムレットに自分重ねて酔ってるだけだろ。バカ」
その瞬間、ジョージはむせた。
論争は放課後のカフェまで続いた。
だが最後は、
「先に注文した方が勝ち」
という極めて現実的なルールで決着した。
拓海の圧勝だった。
■ジョージの機密ログ(十一月:王子の受難)
十一月。大学の回廊。
僕は、サエキが合理性という名の鉈で、
シェイクスピアの迷宮を真正面から伐採していくのを見たよ。
サエキ。
君の一刀両断な解釈は、ハミルトン様にどんな毒薬より効いたみたいだね。
王子の苦悩を“時間稼ぎ”と断じる姿勢は、ある意味で学者より核心に近いのかもしれない。
ハミルトン様。
君は血筋も責務も宿命も、すべてハムレットに重ねていた。
でもサエキが隣にいる限り、君は悲劇の主人公にはなれない。
彼が必ず、君を“面倒くさい男”まで引きずり下ろしてくれるからね。
それは君にとって、案外救いなんだよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:70-UK・悲劇の解体編)
夕暮れの学生街パブ。
エドワード(主演・悲劇に浸りたい王):
「信じられん……!」
頭を抱える。
「タクミは、あの至高の独白を“独り言が長ぇんだよ”と切り捨てたのだぞ!」
「シェイクスピアが泣いている!」
ジョージ:
「でも少し笑ってると思うよ」
エドワード:
「私は間違っているのか?」
「運命に抗う魂の咆哮を、なぜ“情緒不安定”で片づけるのだ!」
ジョージ:
「サエキは、君みたいに用意された舞台の上で生きてきたわけじゃないからね」
ポテトを頬張る拓海を見る。
「あいつにとっては、悩む暇があるなら動け、なんだ」
「君が物語へ逃げるたび、あいつは現実を突きつけてくる」
「最高の相棒じゃないか」
拓海(寮への帰り道):
「……あいつも大概、面倒くせぇ王様だよな」
肩をすくめる。
「さて、次はどの名作ぶっ壊してやろうか」
冬の風の中、少しだけ笑っていた。
(追記)
講義の最後。
教科書の隅に、拓海はこう書き残していた。
生きるべきか、死ぬべきか、じゃねぇ
まず飯食え
ジョージは写真に撮った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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