幕間 「合格後とは、立ち止まるには身体がうずく時期でもある」という話
拓海君は体動かすのが好きなんだろうなー
五月(静寂と叫び・剣道昇級試験)
合格後の浮ついた空気は、道場の敷居をまたいだ瞬間に消える。
菜摘に会って揺れた心。
第二志望でも前を向いた佐藤の背中。
英国準備で真鍋さんに追い立てられる毎日。
エドワードから毎日届く、うるさい通知。
そんな喧騒も、ここには入ってこない。
防具の匂い。
板張りの床の冷たさ。
遠くで響く竹刀の音。
その全部が、拓海をただの自分へ戻してくれた。
今日は昇級試験だった。
面紐を締める。
深く息を吐く。
視界が狭くなる。
向かい合う相手の足先だけを見る。
始まる。
一歩。
二歩。
張り詰めた沈黙を、拓海の声が裂いた。
「―メーン!!」
踏み込みと同時に放たれた一撃には、
二年の浪人生活で飲み込んだ苛立ちも、
言えなかった言葉も、
負けたくなかった夜も、
全部乗っていた。
英国でエドワードが、合格祝いのシャンパンを開けて笑っている頃。
拓海は汗だくで床を蹴っていた。
華やかな成功者の笑顔より、
今の自分にはこの泥臭い息苦しさの方がよく似合う。
結果は合格。
新しい免状を受け取っても、大きく喜ぶことはなかった。
少しだけ頷く。
「……よし」
竹刀袋を肩に担ぐ。
「次は、九月だ」
道場を出る背中は、また少し鋭くなっていた。
■ジョージの機密ログ(五月:竹刀の音)
僕は、サエキが“休んでいい時期”に、自分から戦いを選ぶのを見たよ。
君は止まると崩れると知っているんだね。
だから未練も不安も恐れも、全部前へ出す。
竹刀の先に乗せて。
それが君のやり方なんだ。
ハミルトン様。
君の相棒は、贅沢な休暇なんて欲しがっていない。
彼は汗を流して、自分を作り直している最中なんだよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:61-UK・武士道の理解不能編)
エドワード:
「なぜだ!」
「なぜタクミは南の島の休暇を断り、木の棒を振っている!?」
「……分かった。ロンドンに専用道場を建てよう」
ジョージ:
「それ、一番嫌がるやつだよ(笑)」
拓海(帰り道):
「……あー、すっきりした」
「さて、次は英語論文でも読むか。バカ」
夕焼けの道を歩いていく。
(追記)
面を外した瞬間、湯気みたいな熱気の中で小さく拳を握った。
「……よっしゃ」
誰にも聞こえない声だった。
「ハミルトン様。君がどれだけ甘やかしたくても。
彼を一番生き生きさせているのは―
自分の力で何かを勝ち取る、この野生の達成感なんだよ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




