第三百十一話 「別れとは、好きだったとは言わないまま過ぎていくものでもある」という話
菜摘ちゃんとの別れみたいな?
拓海君は不器用だよね
三月末。
出国準備の合間、忘れ物を買いに出た帰り道だった。
春の風は少し冷たく、駅前は新生活の買い物客で妙に賑わっている。
その人混みの向こうから、見覚えのある顔が歩いてきた。
ショルダーバッグを肩にかけた菜摘だった。
少しだけ大人びて見えた。
目が合う。
「……あ、たっくん」
少し笑う。
「久しぶりだね」
「……ああ」
拓海はそれしか言えなかった。
「合格したんだってね。おめでとう」
「……ありがと」
「っていうか、連絡くらいくれてもよくない?」
頬を膨らませる。
昔と同じ顔だった。
「……ごめん」
「忙しくて」
「たっくん、いっつもそう」
「お正月だって返してくれなかったし」
「……悪かった。マジで」
そこで言葉が切れた。
お正月のメッセージ。
高坂から聞いた心配していたという話。
全部知っていた。
知っていて、返せなかった。
「……ま、いいけど!」
菜摘は明るく笑った。
「そんなんじゃ、イギリス行ってもモテないよ?」
拓海は少しだけ笑う。
「……別にいい」
「はいはい」
「……じゃ、頑張ってね」
「……ああ」
少し遅れて、付け足す。
「菜摘もな」
一拍。
菜摘が吹き出した。
「なにそれw」
笑ったあと、目元を指でこすった。
「じゃあね、たっくん」
今度こそ振り返らず、歩いていく。
拓海はその背中を見送ることしかできなかった。
呼び止める言葉はいくらでも浮かんだ。
でも、どれも遅かった。
”好きだった”。
たぶん、ずっと。
けれど今さらそれを言うのは、あまりにも馬鹿だった。
■ジョージの機密ログ(三月:最後の未回答)
僕は、サエキが女の子への返事だけ最後まで下手だったのを知っているよ。
難しい英文は読めるのに。
菜摘ちゃんの「連絡くれればよかったのに」に込められた意味だけは、
最後まで見ないふりをしたんだね。
それは臆病で。
少し優しくて。
とても”君らしい”。
ハミルトン様。
君の相棒は、日本に一つ、大きな宿題を置いていくよ。
答えを書かないまま閉じた問題ほど、人は忘れられないものさ。
■ジョージ幕間(観測ログ:59-TOKYO・春の残像編)
エドワード(英国・残留組):
「感傷に浸って遅れるなと伝えろ」
一拍。
「……その女性が泣いていたなら、奨学基金でも――」
ジョージ(日本・特派員):
「やめて(笑)」
「それは彼女の物語だよ」
拓海(帰り道):
コンビニ前で立ち止まり、空を見た。
「……これで、ほんとに終わりか」
誰にも聞こえない声だった。
(追記)
「困ったねほんとに」
菜摘ちゃんと別れたあと、ポケットの中でスマホを握りしめたまま歩くサエキを見た。
送られないメッセージは、最後まで画面に出てこなかった。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を完璧にしたくても。
彼を一番人間らしくしているのは―
大切な人に、本当のことを言えない弱さなんだよ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




