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第三百十話 「合格とは、終戦ではなく事務処理開始の合図である」という話

拓海君いよいよ渡英かな

三月下旬。

佐伯家のリビングは、書類と段ボールで埋まっていた。


床にはビザ申請書。

半開きの巨大なスーツケース。

山積みの衣類。

どこかにパスポート。たぶんある。


「拓海、このシャツ持っていくの?」


母が服を畳みながら叫ぶ。


「保険関係はこちらで整理しました」


真鍋さんは付箋だらけのファイルを差し出す。


父は無言で帰宅し、海外用変圧器と変換プラグをテーブルへ積み上げた。


「……多くね?」


誰も答えない。


その時、スマホが震えた。

エドワードからだった。


タクミ。いつ来る?

君の部屋に暖炉を増設した。

書斎もある。

執事も付けた。

準備は万端だ。


拓海は書類を放り投げた。


「一個も頼んでねぇよ、バカ!!」


「こっちはまだ歯ブラシ一本決まってねぇんだよ!!」


段ボールの陰でジョージが笑っていた。


「ハミルトン様。受験は終わったけど、現実は続くんだよ(笑)」


夜。

ようやく家が静かになった頃。

拓海は荷造りの手を止め、自室を見回した。


見慣れた机。

擦り切れた単語帳。

投げたままのサッカーボール。


「……いよいよ、行くのか」


子供のころから使っていた部屋だった。

少しだけ胸が熱くなった、その瞬間。


スマホが震える。


早く来い


拓海は一秒で打ち返した。


黙れ、バカ


感傷は終わった。

彼は再び段ボールを開けた。


■ジョージの機密ログ(三月:段ボールの城)


僕は、サエキが“しんみりする暇”すらなく旅立っていくのを見たよ。


青春の別れとか、涙の旅立ちとか。

そういう綺麗なものは、この家には似合わないみたいだね。


”書類。荷物。期限。確認事項”。


現実はいつだって忙しい。


サエキ。


でも君が一つずつ荷物を選ぶ姿は、少しだけ立派だったよ。

何を持っていくか決めることは、

何を残していくか決めることでもあるんだから。


ハミルトン様。


暖炉や執事は今の彼にはノイズだ。

彼が一番大事にしているのは、使い古した単語帳と、ここで戦った時間だよ。


■ジョージ幕間(観測ログ:58-UK・魔王の待ちぼうけ編)


エドワード(主演・せっかちな魔王):


「なぜ来ない!」


「合格したなら今すぐ来られるだろう!」


「荷物など私が全部新品で揃える!」


一拍。


「……ジェットを出せ」


ジョージ(日本・特派員):


「絶縁されるよ(笑)」


「サエキ、“一番遅い便で行ってやる”って笑ってた」


拓海(深夜の自室):


最後の段ボールに名前を書く。


”佐伯 拓海”。


「……待ってろよ、英国」


「……あと、あのアホ」


(追記)


ジョージは、書類の山に埋もれながら叫ぶサエキを見た。


「……もう一回受験してた方が楽だったんじゃねぇか、バカ!」


「ハミルトン様。君がどれだけ彼を急かしても。

彼を動かしているのは―

自分で決めたことを、最後までやり切る意地なんだよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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