第三百二話 「聖夜とは、最も偏差値の低い騒音が街に溢れる日である」という話
まぁ。受験生にクリスマスはないかも
十二月、クリスマス間近の夜。
予備校の閉館チャイムと共に、拓海と佐藤は自習室から吐き出された。
外は、イルミネーションで着飾った千代田区の街。
浮かれた音楽。
笑い合うカップル。
紙袋いっぱいのプレゼント。
今の二人には、すべてが敵だった。
佐藤は眼鏡を押し上げ、冷えた声で言う。
「理解できないね」
「なぜ人は、ただの木に電飾を巻きつけて幸福そうな顔ができるんだい」
「こちらは仮定法過去完了と格闘していたというのに」
拓海は即座に噛みついた。
「まじで意味わかんねぇよな!!」
「イベントじゃねぇっての!」
「そんな暇あんなら英単語の一つでも覚えろ、バカ!!」
街を行き交う幸福そうな笑い声は、今の二人にとってただの騒音だった。
拓海は苛立ちを吐き出すように、白い息を夜へ放つ。
「……佐藤」
「牛丼屋、行こうぜ」
「あそこなら、クリスマスなんて概念は存在しねぇ」
「俺たちの味方は、紅生姜だけだ」
佐藤は少し考えてから頷いた。
「同感だ」
「唯一の懸念は、店員がサンタ帽を被っていないかだけだね」
■ジョージの機密ログ(十二月:聖夜の敗残兵たち)
十二月。駅前。
僕は、サエキと佐藤君が、街の幸福を全身で拒絶しながら、
闇へ紛れるように牛丼屋へ吸い込まれていくのを見たよ。
サエキ。
君たちの放つ「近寄るな」オーラは、カップルたちを物理的に遠ざけていた。
ある意味、最強のディフェンスだね。
ハミルトン様。
君の相棒は今、奇跡なんて一ミリも信じず、
つゆだくの現実 を胃袋へ流し込んでいるよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:44-TOKYO・アンチクリスマス編)
エドワード(英国・残留組):
報告を受け、鼻で笑う。
「当然だ」
「タクミが、安っぽいイベントに心を奪われるはずがない」
一拍。
「……だが、万が一チキンを欲したら、ハミルトン家専用の金箔入り
ローストビーフを店ごと届けさせろ」
ジョージ(日本・特派員):
「ハミルトン様。サエキ、並盛り牛丼で大満足してたよ(笑)」
「佐藤君と二人で、明日にはあいつら全部忘れてるだろ、って毒吐きながら完食してた」
拓海(牛丼屋):
「ふぅ……生き返った」
「明日も朝イチからやるぞ」
聖夜の喧騒を背に、紅生姜を盛り足した。
(追記)
ジョージは、
「メリークリスマス」と言いかけた店員を、鋭い眼光だけで黙らせたサエキを記憶した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼に特別な夜を贈りたくても。
彼を一番燃やしているのは、君の贅沢じゃなく―
世間に流されず、孤独に戦っている自分への、少し歪んだ誇りなんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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