第三百一話 「十二月とは、近くにいた人の遠さに気づく月である」という話
菜摘ちゃん、クリスマスにディズニーへ行くと別れるという噂があるらしいよ?
十二月。街は、光で溢れていた。
菜摘は、高坂くんと並んでイルミネーションの下を歩いていた。
高坂くんは優しい。
写真を撮ろうと笑って、自然にスマホを向ける。
人混みでは迷わないようにと、さりげなく手を差し出してくれる。
夏に二人きりで行った旅行。
最近はサークルのみんなと過ごすより、二人きりの時間の方が増えている。
周りも、自分たちはもう付き合っているものだと思っている。
たぶん、それは自然なことだった。
「……私は、どうなんだろう」
ふと、そんなことを考える時がある。
年末の賑わいの中。
塾の看板。
本屋の店先に積まれた赤本。
“受験追い込み”の文字。
楽しそうに笑う人たちの横を、参考書を抱えた受験生が足早に通り過ぎていく。
その姿に、胸の奥が小さく揺れた。
スマホを開く。
LINEの画面。
一番下に沈んだ名前。
最後に返事が来たのは、いつだったか。
送ったところで、既読もつかないかもしれない。
「なっちゃん、それでクリスマスなんだけどね」
高坂くんの声に、菜摘は顔を上げた。
「ディズニーとか、どうかなって」
少し照れたように笑っている。
「……いいね。楽しみだな」
菜摘も、ちゃんと笑って返した。
本当に、楽しいはずなのに。
どうして、あの幼なじみのことなんて気になるんだろう。
近くにいるのが当たり前だった人。
何をしているか、だいたい分かっていた人。
いつでも、少し手を伸ばせば届く場所にいた人。
それが今は、どこか遠い。
「……もう、忘れちゃいたいんだけどな」
そう思いながら、菜摘はスマホをバッグへしまった。
■ジョージの機密ログ(十二月:沈んだ名前)
十二月。都内某所。
詳細な取材経路については黙秘するけれど、僕は菜摘ちゃんが笑いながらも、
何度もバッグへ視線を落としているのを見たよ。
菜摘ちゃん。
君が「忘れたい」と願うのは、まだ心があの日に触れたままだからだね。
一番下に沈んだ名前は、どんなイルミネーションよりも、
まだ確かな熱を持っているみたいだ。
ハミルトン様。
君の相棒は今、一人の女の子の時間だけを少し置き去りにしたまま、未来へ向かって走っているよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:45-TOKYO・忘却の嘘編)
エドワード(英国・残留組):
ジョージからの報告を受け、鼻で笑う。
「当然だ」
「タクミという存在を、上書きできる男などこの世には存在しない」
英国の書斎で、一人冷徹なまでの傲慢。
ジョージ(日本・特派員):
「ハミルトン様。残酷なこと言うね(笑)」
「彼女、『ディズニー』って言葉を聞きながら、一瞬だけ別の場所を見ていたよ」
「サエキ。君は本当に、自覚のないまま人の心に居座りすぎなんだ」
拓海(自習室):
「……ハクションッ!」
「風邪か? ……いや、単なる埃だ」
そう呟いて、何も知らないまま過去問の海へ潜っていく。
(追記)
「こまったねw」
ジョージは、「楽しみ」と言いながら、ふっと力の抜けた微笑みを浮かべた
菜摘ちゃんを記憶に残した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を独占したくても。
彼を一番引き止めているのは、君の引力じゃなく―
彼がいなくなった日常を、それでもちゃんと生きようとしている
”彼女の意地”なんだよなぁ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




