第二百九十八話 「他人の戦場とは、たまに入ると妙に疲れるものである」という話
佐藤君気分転換したかったんだろうか
十一月、日曜日。国内向け模試の会場。
拓海は、死んだ魚のような目でマークシートを見つめていた。
「……なんで俺がここにいんだよ」
隣で佐藤が涼しい顔をする。
「人手が足りない」
「模試に人手って何なんだよ、バカ」
「君みたいな雑な人間を連れてこないと、僕の精神が保たない」
「知らねぇよ」
結局、佐藤の執拗な勧誘に押し切られ、席に座らされた。
久々の日本式試験。
シャープペンの音だけが響く静寂。
拓海はマークシートを眺め、面倒そうに鼻を鳴らす。
「……懐かし」
そう呟きながら、眠そうな顔で次々と埋めていった。
【試験終了後:努力家、被害を訴える】
会場の外。
佐藤は答案用紙を鞄へしまいながら、心底うんざりした声を出した。
「……腹立つね」
「こっちは何ヶ月もこの形式に最適化してるんだ」
「君は片手間で来て、あくびしながら、それなりの点を取る」
「努力家をバカにする才能でもあるのかい?」
拓海は大きく伸びをした。
「……眠い」
「その返しまで腹立つ」
「知らねぇよ。脳の使い方が違って疲れるんだよ」
「さらに腹立つ」
校門の前では、ジョージが缶コーヒー片手にニヤニヤしていた。
「やあ(笑)。サエキ、日本でも十分戦えるんだね」
「……うるせぇ」
「腹減った。牛丼だ。牛丼食わせろ」
「君、本当にブレないね(笑)」
【帰り道:一瞬だけ見えた別の未来】
夕方。赤く染まった街並み。
拓海は牛丼屋へ向かう道すがら、ふと呟いた。
「……このまま日本で大学行く道も、なくはないんだよな」
判定も出ている。
環境にも慣れている。
ここで進めば、ずっと楽だ。
あの面倒な英国人に振り回されることもない。
佐藤は少しだけ黙ってから言った。
「そっちの方が、普通の人間は幸せだろうね」
「……だろうな」
「でも君、普通じゃないだろ」
拓海は鼻で笑った。
「うるせぇよ」
足は止まらなかった。
■佐藤の独白(十一月:模試の帰り道)
十一月。駅までの道。
サエキの隣を歩いていると、自分の必死さが少しだけ滑稽に見えることがある。
僕は安全な道を選んで、真面目に積み上げて、
必死に未来を掴もうとしている。
あいつは、この国で十分通用するくせに。
わざわざ茨の道へ向かっていく。
「腹減った」と笑う横顔は、僕が持てなかった自由そのものだった。
少し腹が立って、少し羨ましい。
■ジョージの機密ログ(十一月:他人の戦場)
十一月。模試会場の正門前。
僕は、サエキが国内模試という異界から、
あくびをしながら生還するのを見たよ。
サエキ。
君が「日本でもいいかな」と一瞬でも思ったのは弱さじゃない。
君がそれだけ、今いる場所で本気で戦っている証拠だ。
ハミルトン様。
君の相棒は、君が用意した黄金の椅子がなくても、どこでだって王になれる男だよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:41-TOKYO・予備試験編)
エドワード(英国・残留組):
ジョージからの報告を受け、絶対の自信で頷く。
「当然だ」
「……私のタクミが、日本の低レベルな問題に後れを取るはずがない」
一拍。
「だが佐藤との模試デートは、今回限りにしろ」
ジョージ(日本・特派員):
「デートじゃないよ(笑)」
「サエキ、自分の進路を再確認してたよ」
「やっぱり英国しかないわ、バカ……ってね」
拓海(牛丼屋):
「……っめぇ」
「やっぱこれが、俺のガソリンだわ」
紅生姜を山盛りにしながら、明日への活力を補給していた。
(追記)
「あーあwwww」
ジョージは、A判定の成績表をコースター代わりに使おうとして、
佐藤に本気で止められるサエキを激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を特別視したくても。
彼を一番自由にしているのは、君の教育じゃなく――
どこにいても、自分を見失わない図太さなんだよなぁ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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