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第二百九十五話 「十月とは、勉強以外の面倒が突然増える月である」という話

事務処理は大変です

十月、朝。

佐伯家の食卓には、珍しく分厚い封筒が置かれていた。

拓海は寝不足の顔でトーストをくわえ、英単語帳を片手に席へ着く。


「……何これ」


母が味噌汁をよそいながら、何でもないことのように答えた。


「英国の大学関係。昨日届いてたわよ」


「今!?」


「昨日って言ったでしょ」


封筒の中には、整然と並んだ英文書類の山。


出願確認書

面接候補日程

成績証明関連

志望理由書提出案内

保護者確認欄付き書類


拓海は三秒ほど黙り、天井を見上げた。


「……問題集の方が、よっぽど優しいわ」


【受験生、学力以外で追い詰められる】


玄関のチャイムが鳴る。

父は新聞をめくったまま言った。


「真鍋君だ。入ってもらえ」


現れたのは、落ち着いたスーツ姿の男だった。

父の補佐役であり、拓海が小学生の頃から家に時々出入りしている人でもある。


「おはようございます、拓海君」


「……真鍋さん」


「海外出願の件、少し整理してきました」


その一言で、拓海は嫌な予感しかしなかった。

真鍋さんは食卓に書類を広げ、淡々と死の宣告を始める。


「こちらが締切一覧です」

「推薦状の依頼文例がこちら」

「面接はオンラインの可能性が高いですが、渡英の準備も並行します」

「志望理由書は本日中に草案をお願いします」


拓海は椅子にもたれ、目を閉じた。


「……待って。情報量が多い」


「一週間前にもお伝えしました」


「聞いてねぇ!」


「聞いておられました」


母が吹き出し、父は新聞の陰でわずかに肩を揺らした。


【予備校:数学より面倒な敵】


夜。自習室。

拓海の机には、赤本の横に願書書類、証明写真、

締切メモ、英文見本が積み上がっていた。

隣の佐藤が眼鏡を押し上げる。


「君、数Ⅲより事務処理で死にそうだね」


「黙れ。微分積分は殴れば返ってくる」


「書類は殴っても返ってこないよ」


「最悪だな」


そこへ、ジョージが缶コーヒー片手に現れた。


「やあ(笑)。渡英するなら、迎えは僕じゃないよ」


拓海は嫌そうに顔を上げる。


「……誰だよ」


「もっと面倒なのが来る」


「……最悪だ」


■ジョージの機密ログ(十月:学力外の敵)

十月。千代田区、自習室前。

僕は、サエキが数式には強いのに、書類の束には明確に怯えているのを見たよ。


サエキ。

君は難問を前にすると燃えるのに、提出欄と締切欄を見ると急に目が死ぬんだね。

君の隣で、佐藤君が「微分積分は殴れば返ってくるのにね」

と、哲学的な同情を寄せていたよ(笑)。


ハミルトン様。

君の相棒は今、学問ではなく、PDF・署名・写真サイズという

現代文明の罠に追い詰められているよ。


■ジョージ幕間(観測ログ:38-TOKYO・事務処理地獄編)

十月。千代田区。


エドワード(英国・残留組):

ジョージからの報告を受け、満足げに頷く。


「当然だ。優れた人材ほど、雑務に煩わされる」


一拍置き、静かに続けた。


「……だが、タクミの書類は私が代筆してもよい。完璧な筆跡で、合格へ導いてやる」


ジョージ(日本・特派員):

「ダメに決まってるだろ(笑)」

「サエキ、“問題集千冊の方が楽だ”って机に突っ伏してたよ。

ハミルトン様、君の過保護も、この書類の山には勝てないみたいだね」


拓海(自習室):

「……敵、多すぎんだろ。バカ……」

そう呟きながら、願書の氏名欄を埋め、次の瞬間には単語帳も開いていた。

面倒ごとが増えても、止まる気はなかった。


(追記)

「やれやれw」

ジョージは、願書の志望動機欄に、うっかり

なんとなく

と書きかけ、真鍋さんに即座に修正された拓海を激写した。


「ハミルトン様。君がどれだけ彼を英国へ呼び戻したくても。

彼を一番追い込んでいるのは、君の引力じゃなく――

締切日と、記入漏れ確認欄なんだよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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