第二百九十二話 「結果とは、欲しかった頃ほど嬉しくない時に出る」という話
いっぱいいっぱいな拓海君かな
九月前。予備校の掲示板。
貼り出された模試の結果一覧。
佐伯拓海。
その名前の横には、A判定の文字が並んでいた。
少し前まで、喉から手が出るほど欲しかったはずの評価。
けれど今、拓海はそれを見上げながら、ただ目をこすった。
「……眠ぃ」
隣で佐藤が、呆れたように眼鏡を押し上げる。
「君。もっと喜ぶものかと思っていたよ」
「努力が形になったんだ。少しは達成感を感じたらどうだい」
「腹減ってる方が勝ってる」
拓海は欠伸を噛み殺した。
「……感情が、追いつかねぇんだよ。バカ」
「人としてどうなんだろうね」
拓海は肩を回し、重い鞄を持ち直した。
嬉しくないわけじゃない。
たぶん、嬉しい。
けれど、連日の寝不足と焦りと疲労で、
感情の輪郭そのものが、薄く引き延ばされていた。
そこへ、ジョージからメッセージが届く。
菜摘ちゃん、高坂BOYと順調そうだよ(笑)
拓海は画面を見て、数秒だけ止まり、
何も言わずスマホをポケットへ突っ込んだ。
「……ああ。……うん」
「気になるのかい?」
佐藤が聞く。
拓海は少しだけ視線を落とした。
「……分かるし、寂しいとは思う」
一拍。
「……でも、ごめん。今それどころじゃねぇわ」
そう言って、拓海は単語帳を開いた。
今日覚えなければならない膨大な単語は、
かつての淡い恋心より、ずっと具体的で。
ずっと容赦がなかった。
■佐藤の観察ログ(九月:判定と空腹)
九月。掲示板の前。
僕は、サエキが最高の結果を、パンの安売り情報でも見るような目で眺めているのを見たよ。
サエキ。
君の感情が摩耗しているのは、
それだけ純粋な場所まで、自分を追い込んでいる証拠だ。
菜摘ちゃんの知らせを「それどころじゃない」と脇へ置いた君の横顔は、少しだけ、あのエドワード君に似て見えた。
ジョージ。
君の報告も、今の彼には未読無視される運命だったみたいだね。
■ジョージ幕間(観測ログ:32-TOKYO・A判定の冷感編)
エドワード(英国・残留組):
「当然だ」
「私の相棒が、日本の模試程度ではしゃぐはずがない」
深い満足感に浸る。
数秒後。
「……だがジョージ。彼が空腹だというなら、最高級のフィッシュ・アンド・チップスを自習室へ投下しろ」
ジョージ(現地特派員):
「いやー、ハミルトン様。サエキ、菜摘ちゃんの件も“ふーん”で終わらせたよ(笑)」
「君の望んだ通り、鋼の受験サイボーグになっちゃったね」
拓海(自習室):
「……腹減った……牛丼食って、次やるぞ……」
自分の心より、解答用紙の正答率を優先し、席へ戻っていく。
(追記)
「あーあwwww」
ジョージは、A判定の掲示より先に、
安売りのおにぎりコーナーへ走るサエキを激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を気高く育てたくても。
彼を一番現実的にさせているのは、君の教育じゃなく――
空腹と、合格への渇望。
あまりにも切実な、生存本能なんだよ。バカ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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