第二百九十話 「受験生とは、竹刀を持たされても勉強しろと言われる生き物である」という話
じいちゃん容赦ないな
八月、朝六時。
拓海の部屋のドアが、ノックという概念を捨てた衝撃音と共に開いた。
「起きろ! 拓海!」
「……模試。昨日、三時までやったんだよ、バカ……」
枕を頭に被った拓海を、祖父は布団ごと引きずりずり出す。
「最近の貴様は覇気が足りん! 予備校で座ってばかりいるから、魂まで鈍るのだ!」
「うるせぇ! 今の俺に必要なのは睡眠だ!」
「違う! 竹刀だ!」
「なんでだよ!」
「道場へ来い!」
「人の話聞け!!」
【道場:文武両道の地獄】
結局、拓海は防具袋を担がされ、早朝の道場へ連行された。
菜摘のこと。
エドワードの小言。
模試の判定。
将来への焦り。
頭の中に澱んでいた「予約済みの雑念」は、
祖父の苛烈な打ち込みによって、物理的に吹き飛ばされていく。
「っ、このクソジジイ!」
「声が小さい!」
面!
「そんな気合で英国を制せると思うな!」
胴!
「いや英国関係ねぇだろ!」
小手!
「関係ある! 貴様の人生すべて繋がっておる!」
「意味わかんねぇよ!!」
【予備校:異臭を放つ特待生】
数時間後。
拓海は満身創痍のまま予備校の席に沈み込んだ。
髪は乱れ、肩は落ち、全身から道場の汗と防具の香りが漂っている。
隣の佐藤が、露骨に鼻を動かした。
「……君。朝から防具臭いね」
「黙れ。俺が一番、自分が臭いこと分かってんだよ、バカ」
「汗を流して学力が上がるなら、僕も検討するけど」
「じゃあお前もジジイに殴られてこい」
「それは非効率だね」
拓海は舌打ちし、筋肉痛で震える腕でペンを握り直した。
■ジョージの機密ログ(八月:千代田区の剣客)
八月。早朝の道場前。
僕は、サエキが祖父君の猛攻に食らいつきながら、少しずつ“目”を取り戻していくのを見たよ。
サエキ。
君の祖父君は、君が知性という檻に閉じこもることを、一番恐れているみたいだね。
汗と埃にまみれた君の姿は、自習室の誰よりも生きる意志に満ちていたよ。
ハミルトン様。
君の相棒は今、菜摘ちゃんへの未練ごと、竹刀で叩き直されているところだ。
■ジョージ幕間(観測ログ:27-TOKYO・覇気の再生編)
八月。千代田区。
エドワード(英国・残留組):
報告を受け、眉をひそめる。
「……なぜ今だ。学習効率が下がる」
数秒後。
「……だが祖父殿の鍛錬か。ならば話は別だ。タクミ。その覇気で入試問題を一刀両断してこい」
ジョージ(現地特派員):
「いやー、ハミルトン様。サエキ、さらに体引き締まっちゃったよ(笑)。
祖父命令には逆らえないみたい」
拓海(自習室):
「……痛ぇ……ジジイ……少しは加減しろ、バカ……」
呻きながら、英単語を脳内へ叩き込んでいく。
(追記)
ジョージは、道着のまま単語帳を開くサエキを激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を洗練させたくても。彼を一番奮い立たせているのは、
君の言葉じゃなく―容赦なく振り下ろされる、生身の竹刀の重さなんだよ。バカ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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