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第二百八十九話 「夏とは、誰かの思い出が、自分の焦燥感に変わる季節である」という話

夏ですからねぇ・・・

七月。蒸し暑い夜。

予備校の帰り道。


昼の熱をまだ残したアスファルトが、じっとりと湿気を返していた。

拓海と佐藤は、コンビニの袋をぶら下げたまま、言葉少なに並んで歩いている。


夏期講習。

模試。

確認テスト。

眠気。

空腹。


この季節の受験生に、会話の余力などあまりない。

そんな沈黙の中で、佐藤がふと足を緩めた。


「……あ」


「どした?」


拓海が顔だけ向ける。


「いや……」


佐藤はそれ以上言わず、視線だけを前に流した。


その先に、旅行代理店があった。

明るい照明。

ガラス越しに並ぶ、海と空のパンフレット。

笑い声。

夏そのものみたいな光景。


その前で、高坂と菜摘がパンフレットを開きながら、楽しそうに話していた。

高坂が何か言い、菜摘が声を立てて笑う。

昔と変わらない笑い方だった。


佐藤が、何でもない調子で言う。


「菜摘ちゃんってさ。可愛いから、高校でも割とモテてたんだよね」


「……へぇ」


拓海は数秒だけその光景を見つめた。

菜摘がふと顔を上げ、こちらを見たような気もした。


けれど拓海は、すぐに視線を外す。


「……そっか」


しばらく歩いてから、ぶっきらぼうに言った。


「佐藤。飯食ってこうぜ」


「急だね」


「腹減った」


「それは知ってる」


二人はそのまま、駅前の牛丼屋へ曲がった。


【帰宅後】

拓海が自室のドアを開けると、なぜかジョージがいた。

ソファでくつろぎながら、雑誌をめくっている。


「おかえり、タクミ」


「なんでいんだよ」


「通りすがり」


「嘘つけ」


ジョージは気にせず続けた。


「さっき高坂BOYと菜摘ちゃん、旅行に行こうかって近くのカフェで話してたよ」


拓海は靴を脱ぎながら、背中で答える。


「……ふうん」


数秒の沈黙。


「夏だもんな」


それ以上は何も言わなかった。


鞄を置き、机に向かう。

単語帳を開く。


「……単語やるわ。明日のテスト、一問も落としたくねぇし」


ページをめくる音が、部屋に響く。

その背中は、誰かを追いかける少年のものではなかった。

自分で選んだ荒野を、黙って歩き抜こうとする男の背中だった。


■佐藤観察ログ(七月:千代田区の夜)

旅行代理店の前。

僕は、拓海が菜摘ちゃんの笑顔から、驚くほど速く目を逸らすのを見た。


あれは諦めじゃない。

自分はもう、あの輪の中には戻れない。

その現実を、誰より本人が理解している顔だった。


受験は、学力だけじゃない。

過去の選択にも点数をつけてくる。


面倒な制度だね。


■ジョージ幕間(観測ログ:26-TOKYO・夏の境界線編)

七月。千代田区。


エドワード(英国・監視組):

ジョージからの「タクミ、菜摘をスルー」の報告を受け、満足げに頷く。


「当然だ。私のタクミが、その程度の世俗的行楽イベントに足を止めるはずがない」


数秒後。


「だが万が一、旅行鞄など購入しようものなら、その瞬間に千代田区を封鎖しろ」


発想が極端だった。


ジョージ(現地特派員):

「いやー、ハミルトン様。サエキ、完全に単語帳と心中する気だよ(笑)」


「菜摘ちゃんたちの幸せそうな声も、今の彼には背景ノイズにしか聞こえてないみたい」


拓海(自習中):

「……夏、か」


シャープペンを握り直す。


「そんなもんに、構ってる暇ねぇんだよ。バカ」


(追記)

エアコンの効いた部屋で、黙々と問題を解く拓海の横顔を、僕は一枚撮った。


ハミルトン様。

君がどれだけ彼を支配したくても、

彼をいちばん遠くへ押し出しているのは、君の命令じゃない。


“戻る場所を失った”

その静かな自覚なんだよ。


……だからこそ、彼は強いんだけどね(笑)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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