第二百八十八話 「再会とは、片方にとっての苦行で、片方にとっての祭典である」という話
あと1年、まだ1年
六月。英国。
深夜二時。ハミルトン本邸の広大な屋敷で、ただ一部屋だけ灯りがついていた。
エドワードの執務室である。
重厚な机。
整然と並ぶ書類。
古い時計の音。
壁一面の本棚。
その中心で、次期当主たる男は、特注の革張りカレンダーに赤い印をつけながら
機嫌よく鼻歌を歌っていた。
「あっといっちねーん、あっといっちねーん♪」
使用人たちは、誰も近づかなかった。
机上には万年筆、計算用紙、封蝋、
そして“再会準備計画書・第七版”と書かれた分厚いファイル。
エドワードは満足げに頷く。
「よし」
カレンダーを見つめる。
「あと三百六十五日」
紙を一枚めくる。
「誤差を考慮しても、あと八千七百六十時間」
さらにめくる。
「
秒単位で詰めれば、タクミ再教育プランを一万項目は追加できるな」
誰も頼んでいないのに、彼は非常に楽しそうだった。
窓の外には、静かなウィルトシャーの夜景。
だがエドワードの頭の中では、すでに祝砲が鳴っていた。
「最終学年など通過点に過ぎん」
ペン先で机を叩く。
「その先に、タクミがいる」
少し考える。
「……いや、待て」
新しい紙を取り出す。
【タクミ帰還後・生活改善計画(暫定)】
起床時刻の正常化
栄養状態の是正
発声の粗雑さ修正
姿勢矯正
語彙の品位向上
私への礼節教育(重点)
「完璧だ」
完璧ではなかった。
■ジョージ観測ログ(六月:英国の狂騒曲)
イギリスより通信。
僕は、ハミルトン様が“あと一年”という言葉だけで、
人生最高レベルに機嫌よくなっているのを確認したよ。
サエキ。
君が日本で“俺のばか”と頭を抱えている間に、
君の相棒は、君を迎えるための黄金の檻を鼻歌まじりで改築している。
しかも本人は、それを愛情だと信じて疑っていない。
怖いね(笑)
■ジョージ幕間(観測ログ:25-UK・カウントダウン魔王編)
六月。ハミルトン本邸。
エドワード(主演・小躍り担当):
日記にこう記していた。
この一年は、タクミが私のもとへ帰還するための前奏曲に過ぎない。
さらに追記。
再会とは、宇宙が私に用意した当然の帰結である。
気持ち悪かった。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、浮かれすぎてて逆に心配だよ(笑)」
「サエキ、“あと一年”って聞いたら、たぶん
“あと一年もこの生活続くのか”って白目むくと思うけどね」
エドワード:
「彼は喜ぶ」
「なぜそう思えるの?」
「私に会えるからだ」
「怖いね(笑)」
【同時刻・日本】
深夜。予備校自習室。
拓海は単語帳を握ったまま、急に顔を上げた。
「……なんか背筋寒ぃ」
隣で佐藤が問題集を解いている。
「風邪じゃない?」
「違う。もっと嫌なやつだ」
「抽象的だね」
拓海は眉をひそめた。
「あいつ、絶対ろくでもねぇこと考えてる」
「英国の魔王?」
「それ以外いるかよ」
単語帳をめくる手に、妙な力が入る。
「……バカが」
(追記)
ジョージは写真を一枚送ってきた。
そこには、カレンダーの“タクミ帰還予定日”の欄へ、
真剣な顔でバラのシールを貼ろうとしているエドワードの姿があった。
拓海は数秒見つめ、
「……殺す」
とだけ言った。
僕はその返信を見て笑った。
ハミルトン様。
君がどれだけ再会を祝祭にしようとしても、
彼が今いちばん燃やしている感情は、愛じゃない。
“早くこの生活を終わらせて、お前を殴りに行きたい”
という、極めて健康的な殺意なんだよ。
……まあ、それも君は喜びそうだけどね(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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