第二百八十七話 「選択とは、正しかったかを一年後に問い詰めてくる行為である」という話
そりゃそーだよねーw
まぁあのまま進んでたらエドワードと同じにはならなかったけどね(`・ω・´)
五月。予備校の夜。
自習室の蛍光灯だけが、やけに白かった。
昼間のざわめきはとうに消え、残っているのは紙をめくる音と、
誰かが押し殺した咳、それから人生を巻き返そうとする者たちの沈黙だけだった。
拓海は机に肘をつき、手元の単語帳を見つめていた。
ページは開いている。
目も向いている。
だが脳は、完全に別の場所へ逃げていた。
「……俺、なんで日本に帰ってきたんだ?」
小さく漏れた独り言は、蛍光灯に吸われて消えた。
五分後。
「いや。あの時は帰るしかなかったし」
単語帳を一枚めくる。
「男のプライドとか、あったし」
十秒後、また止まる。
十分後。
「でも、あのまま英国にいれば……」
脳裏に浮かぶ。
石造りの校舎。
芝生。
見たこともない大学生活。
エドワードが当然の顔で隣にいる、妙に腹立つ未来。
「今ごろ普通に大学生やってたんじゃねぇのか……?」
十五分後。
「うわああああ!!」
拓海は頭を抱え、そのまま机に突っ伏した。
「俺のばか! 大バカ野郎だ!!」
隣で、佐藤のシャープペンだけが一定の速度で走っていた。
「……佐藤」
「なに」
「俺さ」
「うん」
「あのまま英国にいりゃ、今ごろバラ色のキャンパスライフだった気がしてきた」
佐藤は眼鏡を押し上げ、問題集から目も離さず答えた。
「今ごろ気づいたの?」
「うるせぇ」
「君、計算能力に欠陥があるんじゃないか」
「殺すぞ」
拓海は、正面から遠回りを選んだ英雄なんかじゃない。
ただの若者だった。
勢いで分岐を選び、
一年後になってその選択の重さに青ざめ、
それでも引き返せず、机にしがみついているだけの。
拓海はノートの端に、小さく書いた。
”おれのばか”
数秒見つめて、黒く塗りつぶす。
そして深く息を吐いた。
「……でも、今さら戻れねぇしな」
「当然だね」
佐藤が即答する。
「ここまで来て後悔してる暇があるなら、単語一つ覚えた方が期待値が高い」
「お前さぁ、血通ってる?」
「最低限は」
拓海は鼻で笑った。
物理の問題集を開く。
「……エドの野郎。今ごろ美味いもん食ってんだろうな、バカ」
「妬みながら解けるなら効率的だ」
「うるせぇ」
鉛筆を握る。
後悔は消えない。
でも、手は動く。
それが今の拓海にできる、唯一まともな反省だった。
■ジョージ観測ログ(五月:後悔の味)
深夜の自習室。
僕は、サエキが過去の自分に全力で文句を言っているのを見ていた。
サエキ。
君の魅力は、思慮の浅さが生む突破力だ。
考えすぎる前に飛び込み、
飛び込んだ後で青ざめる。
実に君らしい。
その代償として、一年遅れの後悔が今、
胃を焼いているみたいだけどね(笑)
■ジョージ幕間(観測ログ:24-TOKYO・後悔の味は牛丼編)
五月。千代田区。
エドワード(英国・残留組):
ジョージから報告を受け、静かに頷く。
「……ようやく自分の愚かさを理解したか」
数秒後。
「なら今すぐ戻れ。
私の権限で、日本の制度ごと調整してやる」
相変わらず発想が雑だった。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、本人に言いなよ(笑)」
「サエキ、後悔をエネルギーに変えて、佐藤君と牛丼三杯食べたよ」
「……食べすぎだ」
「元気ってことだね」
拓海(物理演習中):
「……うるせぇな、遠い国まで」
ページをめくる。
「自分で選んだからには……負けられねぇだろ、バカ」
(追記)
僕は、問題集に向かうサエキの横顔を一枚撮った。
ハミルトン様。
君がどれだけ彼を呼び戻したくても。
彼を一番前へ進ませているのは、君の誘いじゃない。
“自分で選んだ道で負けたくない”
その、面倒なくらい真っ直ぐな意地なんだよ。
……ほんと、君たち似た者同士だね(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




