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第二百八十六話 「新学期とは、去年の傷と今年の幻想が同席する行事である」という話

とりあえず春?

四月。予備校のロビー。


新しいスーツ。

新しい参考書。

新しいノート。

そして、去年の結果だけを引きずったまま来た人間たち。


新学期特有の、根拠のない希望と見栄が入り混じったざわめきの中、

壁一面に貼り出されたクラス分け表の前には人だかりができていた。


最上位クラス。

特待生一覧。

その筆頭に、二つの名前が並んでいる。


【特待生 筆頭】

佐藤

佐伯拓海


ざわめきが、一瞬止まった。


「あの佐藤って、去年の全国模試上位常連だろ……」


「え、落ちたの?」


「隣の佐伯って誰だよ」


「なんか目つき怖くない?」


「近寄りたくないタイプだな……」


数秒遅れて、その背後でジョージが吹き出した。


「終わったね、このクラス(笑)」


「うるせぇ」


振り返りもせず、拓海が吐き捨てる。


「褒めてるんだけどなぁ」


「なお悪いわ」


【特待生クラス:教室内】

教室には、四月らしい空気がまだ残っていた。


新しい席。

新品の筆箱。

今年こそは、という決意。

去年までの失敗はもう関係ない、と思い込みたい顔。


その空気が、前列に二人が座った瞬間、静かに死んだ。


佐藤は窓側の席に座り、迷いなく参考書を開く。

拓海はその隣に鞄を置き、単語帳を机へ叩きつけた。


周囲の私語が、目に見えて小さくなる。


「……圧がすごい」


「まだ授業始まってないよな?」


「帰りたい」


拓海は単語帳から目を離さず言った。


「うるせぇ」


教室がさらに静かになる。

佐藤は眼鏡を押し上げ、前を向いたまま淡々と続けた。


「集中の妨げだね。去年の反省もなしに、よく喋る唇だ」


完全に沈黙した。

去年とは違う。


不安に振り回される時期は終わった。

焦っているだけで努力した気になれる季節も終わった。


今の二人にあるのは、

結果を知った者の静けさ。

まだ結果を知らぬ者の飢え。


そして、今年で決めるという一切の無駄を削ぎ落とした執念だけだった。


■ジョージ観測ログ(四月:予備校の魔王たち)

最前列の後ろから、僕は二人を見ていた。


サエキ。

君はまだ、本番の絶望を知らない。

でも、知らないからこそ速い。

疑わず、止まらず、遠くまで走れる。


佐藤君。

君は敗北を知っている。

だから慎重で、静かで、強い。

未経験の飢えと、経験者の執念。

そりゃあ教室の空気も死ぬよ(笑)


■ジョージ幕間(観測ログ:23-TOKYO・地獄のツートップ編)

四月。千代田区。


エドワード(英国・残留組):

ジョージから報告を受け、まず一言。

「……よし。タクミが順調なら問題ない」

数秒後。

「で、席は隣か?」

さらに数秒後。

「佐藤との距離は何センチだ。

机は接触していないか。

会話頻度は。

視線は。

正確な座標を送れ」

嫉妬の方向性が、今日も独創的だった。


ジョージ(現地特派員):

「いやー、ハミルトン様。二人とも完全に戦友モードだよ(笑)」

「佐藤君が“論理が甘い”って刺して、サエキが“うっせぇバカ”って返す。もう日課だね」

「……気に入らない」

「そこだろうと思ったよ」


拓海(授業開始前):

「佐藤」

「なに」

「俺、お前らみたいに本番の空気、まだ知らねぇし」

佐藤はページをめくったまま答えた。

「知らない方が強い時もあるよ」

「……は?」

「君の無知は、僕の経験より鋭い」

拓海は少し黙り、窓の外の春空を睨んだ。

「……まだ何も知らねぇんだな、俺」

「そうだね」

「そこは否定しろよ」


(追記)

僕は、前列で並ぶ二人の背中を一枚撮った。


ハミルトン様。

君がどれだけ彼を遠くから導きたくても。

今、サエキを一番成長させているのは、君の長文メッセージじゃない。

隣で競い合い、黙って先を走る、実在するライバルの呼吸なんだよ。

……まあ、その事実が一番気に入らないんだろうけどね!(笑)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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