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第二百八十三話 「浪人とは、感情を殺して数字と心中する行為である」という話

疲れた受験生二人

二月。夜。

暖房の効きすぎた自習室には、乾いた紙の匂いと、誰かの焦りだけが満ちていた。


時計の針の音すら気になる静けさの中、ページをめくる音、

シャープペンの芯が擦れる音、咳払いを飲み込む気配だけが漂っている。


拓海が英語長文と格闘している横で、佐藤は数学の難問と静かに殺し合っていた。


拓海の机には、赤で埋まった単語帳と、書き込みだらけのIELTS対策本。

佐藤の机には、分厚い数学問題集、物理公式集、

そして感情というものを最初から置いてこなかったような整然さがあった。


塾での距離感も、二人は少し違う。


拓海が答案を見て、


「……死んだ」


と呟く横で、佐藤は採点欄を一瞥し、


「僕は計算ミスをしただけだ」


と、感情のない声で修正箇所を丸で囲っている。


拓海が駅前で菜摘と高坂の姿を見て目を逸らした日も、佐藤は横で淡々と分析しただけだった。


「彼らは、消費カロリーの高い生き方をしているね」


「なんだその言い方」


「楽しそうだ、という意味だよ」


「回りくどいわ」


ジョージ経由で届くエドワードの暴走じみた長文連絡についても、


「興味深いサンプルだ」


と評して終わった。


「人間としてどうなんだお前」


「観察対象としては面白いよ、彼は」


「お前ら全員、どっか壊れてんだよ……」


■二月、自習室の廊下


休憩時間。

自販機の前で、拓海は缶コーヒーを握りしめたまま壁にもたれていた。


目の下には濃いクマ。

肩は重く、呼吸まで疲れている。


「……佐藤」


隣で参考書を開いたまま立つ友人に声をかける。


「お前、疲れてねぇのか」


佐藤はページをめくる手を止めない。


「疲れているよ」


「見えねぇよ」


「見せる必要がないからね」


淡々とした声だった。


「でも、疲労と学力に因果関係はない」


拓海は数秒黙り、それから吐き捨てた。


「……バカかお前」


「よく言われる」


「人間味ねぇな」


そこでようやく、佐藤は顔を上げた。


静かな目だった。


「君もだよ、拓海」


「……は?」


「英国の魔王に執着されながら、国内の国立大受験生より勉強している」


一拍置く。


「十分、異常だ」


「誰が魔王だよ」


「そこじゃない」


拓海は缶コーヒーを握ったまま、天井を仰いだ。


二人の受験生。


一人は、再会のために。

一人は、自己証明のために。


どちらも笑えるほど面倒で、笑えないほど真剣だった。


そこへ、軽い足音が近づいてくる。


「やぁ二人とも(笑)」


ジョージだった。

片手に高そうなカメラ、もう片手にコンビニ袋。いつもの温度感で現れる。


「エドワード様から伝言だよ。―“タクミを甘やかすな”」


「うるせぇ」


拓海が即答する。


佐藤は一度だけ瞬きをしてから、静かに言った。


「……ジョージ君。その男に伝えてくれ」


「うん?」


「サエキを甘やかしているのは、君と、君の雇い主だけだとね」


数秒の沈黙。


ジョージは肩を震わせ、吹き出した。


「的確だね(笑)」


拓海は缶コーヒーを開け、一気に半分飲んだ。


「……ほんと、ろくな奴いねぇな」


「類は友を呼ぶんじゃない?」


「帰れ」


「ここ君の家じゃないよ(笑)」


自習室のドアが開き、また誰かが席へ戻っていく。


拓海も缶を捨て、参考書を持ち直した。


「……行くぞ」


「うん」


「もちろん」


三人の足音が、静かな廊下に小さく響いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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