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第二百八十二話 「合格祈願とは、別の不合格を知る行為である」という話

高坂BOYはきっと爽やかイケメン安定タイプ

一月、元旦。

佐伯家の正月は、今年も例年通り戦場だった。


親族は朝から途切れず押しかけ、居間では伯父たちが勝手に酒盛りを始め、

台所では母が湯気とともに怒声を飛ばしている。祖父は上機嫌に竹刀を抱え、

兄は年始早々、人の心を持たない笑顔で拓海を見た。


「で、三倍の進捗はどうだ」


「新年一発目の言葉それかよ」


「受験生に正月などない」


「お前も人間じゃねぇな」


その横から祖父が現れ、当然のように竹刀を差し出した。


「拓海。初稽古だ」


「なんで今なんだよ」


「一年の計は元旦にある」


「その理屈で全部押し切るな!」


騒ぎの中心にいる息子を見ながら、父が面倒くさそうに新聞を畳んだ。


「拓海。菜摘ちゃんのところで合格祈願でもしてこい」


「急だな」


「家はバタついてるし、お前も邪魔……いや、息抜きが必要だろ」


「今“邪魔”って言いかけたろ」


「気のせいだ」


気のせいではなかった。


結局、追い出されるような形で玄関へ向かうと、なぜか外にはジョージがいた。

マフラー姿で、朝から妙に爽やかに笑っている。


「命令だからね」


「誰のだよ」


「いろいろ(笑)」


「帰れ」


「やだよ。初笑いが欲しい」


そうして拓海は、不本意ながらジョージを引き連れ、菜摘の実家である神社へ向かった。


【神社:眩しすぎる日常】


境内は人で溢れていた。


参拝客の列。屋台の匂い。子どもの笑い声。鈴の音。白い息。

正月らしい賑わいが、冬の空気の中で湯気のように揺れている。


その中心で、巫女姿の菜摘が忙しそうに動き回っていた。


白衣に緋袴。髪をきちんと結い、次々と参拝客に頭を下げ、札を渡し、道を案内する。

その姿は、昔から知っているはずなのに、妙に遠く見えた。


「……似合ってんな」


拓海が小さく呟く。


「今さら気づいたの?」


「うるせぇ」


けれど、拓海の足を止めたのは、その隣だった。


重い段ボール箱を軽々と運び、人の流れをさりげなく整え、年配客には笑顔で道を譲る。

あまりにも自然に、そこに溶け込んでいる男がいた。


高坂だった。


「菜摘さん、こっちのお守り少なくなってる」


「あ、ほんとだ。ありがとう、高坂くん」


「どういたしまして」


二人のやり取りに無理はなかった。

気遣いも、距離感も、呼吸も。


まるで最初から、そこにいるべき二人みたいだった。


近所の人が笑いながら声をかける。


「いやぁ、二人並ぶと絵になるねぇ」


「ほんとほんと。若いっていいねぇ」


菜摘が困ったように笑い、高坂も爽やかに頭を下げる。


その光景を、拓海は黙って見ていた。


数秒だけ。


菜摘がふと顔を上げる。

人混みの向こうに拓海を見つけ、ぱっと表情が明るくなった。


「―たっくん!」


声が届く、その前に。


拓海は視線を外し、小さく息を吐いた。


「……だよなぁ」


踵を返す。


迷いのない背中が、人混みの中へ消えていく。


菜摘は差し出しかけた手を止め、静かに下ろした。


「……そっか」


高坂は何も言わなかった。

ただ、去っていく背中を一度だけ見ていた。


【帰路:ジョージの部屋】


帰り道、なぜかそのままジョージのマンションへ連行された。


編集機材の唸るリビング。散らかったケーブル。意味不明な海外菓子。

二人はソファに並び、冷めた缶コーヒーを飲んでいた。


拓海は、ただ天井を見ていた。


勉強でもない。剣道でもない。

受験生らしい焦りですらない。


ただ、胸の中にぽっかり空いた場所を持て余していた。


ジョージが珍しく静かな声で言う。


「……行かなくてよかったの?」


「何をだよ」


「さあね」


「うぜぇな」


「褒め言葉だね」


少しの沈黙。


拓海は缶を握ったまま、ぼそりと呟いた。


「……別に、取られたとかじゃねぇんだよ」


ジョージは答えない。


「俺がいなかっただけだ」


その言葉だけが、やけに真っ直ぐ部屋に落ちた。


初詣で、願い事は一つもしなかった。

けれど拓海はこの日、嫌というほど知った。


自分が止まっている間にも、誰かの時間は進む。

世界は、自分抜きでもきちんと回っている。


それは少し残酷で、どうしようもなく正しい現実だった。


しばらくして、拓海は立ち上がる。


「……勉強すっか」


机の上の単語帳を開く。


その目には、さっきまでとは違う熱が宿っていた。


失ったものを見た目だった。

前に進む理由を、拾った目でもあった。


■ジョージ観測ログ(一月・神社の境界線)


サエキは今日、負けたんじゃない。

自分の不在が生んだ現実を見ただけだ。


奪い返そうとしなかったのは、弱さじゃない。

黙って受け取ったのは、たぶん強さだ。


……まあ、本人は気づいてないだろうけどね(笑)


■英国・同時刻


ジョージから報告を受けたエドワードは、暖炉の前で静かに頷いた。


「……よし」


「何が?」


「タクミの未練は消えた」


「最低だな君」


「これで彼を縛る鎖は一つ減った。あとは私のもとへ来るだけだ」


「その発想が鎖なんだよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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