第二百七十九話 「会いたいとは、英国貴族を愚かにする感情である」という話
父上、、相手の性別は関係ないんだ・・・
十二月。
英国の空は低く、ハミルトン本邸の窓には冷たい雨が打ちつけていた。
その頃、日本では―
ジョージから一本の報告が届いていた。
タクミ、菜摘ちゃんのクッキー完食。
表情変化なし。
二枚目から牛乳使用(笑)
エドワードは執務室で立ち上がった。
「……不当だ」
静かな声だった。
「実に不当である」
机を両手で押さえる。
「タクミはクッキーを食べていた。私には粉ひとつ焼かないくせに」
誰もいない部屋で、嫉妬だけが鮮やかに燃えていた。
次の瞬間、彼の指は稲妻の速度で動いた。
日本行き航空券。
即時予約。
最短便。
最前列。
「待っていろ、タクミ」
誰も待っていなかった。
【翌朝:ハミルトン本邸・玄関】
完璧なコート。
手袋。
革鞄。
無駄に決まりすぎた旅装。
玄関へ向かったエドワードの前に、父アルバート・ハミルトンが立っていた。
「どこへ行く、エドワード」
「日本です」
「却下だ」
「なぜです。私の成績、単位、出席率、全て基準を満たしています」
「問題はそこではない」
アルバートの声は低く、冷たい。
「冬季休暇は社交日程で埋まっている。後継者としての顔合わせもある。
お前はハミルトン家の跡取りだ」
「私は跡取りである前に、一人の人間です」
「そうだろうな」
「そして―」
エドワードは一歩前へ出た。
「彼氏です」
沈黙。
屋敷の空気が止まった。
使用人が遠くで盆を落とした。
アルバートは数秒、息子を見つめた。
「……何?」
「私は彼氏です」
「聞き間違いであってほしかった」
【祖父、登場】
そこへ奥の廊下から、杖を鳴らしながら祖父が現れた。
「朝から騒がしいのう」
現ハミルトン家の長老。
年齢不詳。
声だけは妙に元気だった。
「父上、少々家族会議です」
「ほう?」
祖父はエドワードの鞄を見て笑った。
「日本か。よいではないか」
「よくありません」
「若い頃は、理屈が通じぬ相手の一人や二人、おるものだ」
「父上。ありません。我が家の歴史にその記録はありません」
「わしは昔、恋でスコットランドまで馬を飛ばしたぞ」
「土地視察です」
「そうだったかもしれん」
祖父は気にせず紅茶を啜った。
「男か女かなど些事だ」
アルバートの眉がわずかに動く。
祖父は続けた。
「問題は、エドワードがこんな顔になる相手がいたことだ」
エドワードは黙った。
アルバートはさらに黙った。
「父上」
「なんじゃ」
「黙っていてください」
【父の本音】
アルバートはゆっくり息を吐いた。
「……エドワード」
「はい」
「相手が男であることが問題なのではない」
「では何が」
「その少年の名を、お前は最近、一日に何度口にしている?」
初めて、エドワードの表情が止まった。
昨日。
朝食時に二回。
授業後に三回。
夕食時に五回。
就寝前に八回。
「……数えておりません」
「私は数えていた」
祖父が吹き出した。
「はっはっは! 重いのう!」
「笑い事ではありません、父上」
【制裁】
十分後。
航空券はアルバート自らの手でシュレッダーにかけられた。
紙吹雪のように舞う搭乗券。
エドワードは王家の銅像のように固まっていた。
「学校へ行け」
「……」
「それと指導教官との面談を入れてある」
「なぜです」
「メンタルケアだ」
「不要です」
「必要だ」
【後半:映像による侵攻】
物理的に行けないなら、視覚で侵食する。
その夜、ジョージへ新たな指令が届いた。
動画第三弾を制作する。
テーマは雪。
孤独。
未練。
そして私だ。
タイトル:
『雪とは、私がいない世界を白く覆うものである(三部作:序)』
千代田区。
ジョージはスマホを見て白目を剥いた。
「……殺すぞ(笑)」
【無慈悲な返信】
それでもエドワードは諦めなかった。
拓海へ送る。
冬休み、日本へ行く。
空港で待っていろ。
十二時間後。
予備校のストーブ前で丸くなっていた拓海から返信。
冬期講習と模試あるから無理。
てか、くんなバカ。邪魔。
英国。
エドワードは窓の外の雨を見つめた。
「……邪魔、か」
少し考える。
「照れ隠しだな」
強かった。
■ジョージの機密ログ(十二月:英国の暴走)
僕は聞いたよ。
ハミルトン様が父上に「私は彼氏です」と宣言した、歴史的瞬間を。
知性、品位、家格。
その全てが、サエキ一人で崩れていくんだね。
相手が男だから驚いたんじゃない。
相手が誰であれ、あのハミルトン様がここまで乱れることに、みんな驚いているんだよ(笑)
■ジョージ幕間(観測ログ:16-UK・彼氏宣言編)
エドワード(自称・彼氏):
「邪魔」を「会いたい」の裏返しと解釈。回復傾向なし。
アルバート(父):
頭痛薬を追加。
祖父:
「青春じゃのう」と上機嫌。
拓海(受験生):
英文法の問題集を開きながら呟く。
「……あいつ、マジで何なんだよ」
そして三秒後、勉強に戻った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




