第二百七十八話 「連絡不精とは、遠くの男を魔王から彼女へ変える行為である」という話
「私と勉強のどっちが大事なの!!!」みたいな。
十一月。
日本と英国では、時計の針だけでなく、心の速度までずれていた。
【前半:千代田区・修羅の庭】
朝六時。祖父道場。
「面ッ!!」
乾いた打突音が響く。
「ぐぇっ……!」
拓海の身体が一歩よろける。
「遅い! 腕だけで振るな! 腰から打て! 英国で何を学んできた!」
「英語だよ!! 剣道じゃねぇんだよ!!」
「なら今学べ!」
竹刀が飛ぶ。
朝日より早く理不尽が昇っていた。
午前十一時。海外大対策塾。
「Mr.Saeki, explain your motivation. Why Oxford?」
ネイティブ講師が微笑みながら逃げ道を塞ぐ。
拓海は目の下の隈を押さえながら答えた。
「Because……」
本当の理由は言えない。
“そこに、面倒くさい金髪の魔王がいるからです”
などと口が裂けても言えるわけがない。
「Because I want to challenge myself.」
「Too vague. Next. Again.」
「うわぁ……」
英語で人格まで削られていく。
午後八時。公務員予備校。
「日本国憲法第十三条――」
講師の声が遠い。
拓海の瞼は重い。
机の下でスマホが震えていた。
一回。二回。三回。止まらない。
休憩時間に確認する。
通知件数:99+
送信者:エドワード・ハミルトン
「……暇か、あいつ」
内容一覧。
生きているか
朝食は何だ
祖父はまだ暴力的か
今日の英作文テーマを送れ
私を忘れていないな?
既読をつけろ
既読を
既読をつけろ
「重い……」
拓海は信号待ちの三秒で、最短の返信を打った。
「今忙しい」
送信。
未読無視よりはマシ。
それが彼なりの、最大限の誠意だった。
【後半:英国・情緒の墓場】
ハミルトン本邸。深夜。
暖炉は燃えている。
紅茶は最高級。
室温も完璧。
それでも部屋の空気は寒々しかった。
エドワードはデスクに座り、スマホ画面を凝視していた。
「今忙しい。」
五文字。
たった五文字。
「……雑だ」
静かな声だった。
「以前のお前なら、最低でも“バカ、忙しい”くらいの温度はあった」
スマホを置く。
また持つ。
置く。
また持つ。
三分後、限界を迎えた指先が動き出した。
ジョージ。状況を報告しろ。今すぐ。五分以内。写真付きでだ。
タクミの心拍数、睡眠時間、私への優先順位の変動係数も算出せよ。
即返信。
いやー、限界だね(笑)
「笑うな」
それと、最近タクミの語尾が冷たい。原因を分析しろ。
忙しいんじゃない?(笑)
「却下だ」
【ジョージ視点:千代田区・高みの見物】
ジョージはコンビニのホットコーヒーを片手に、返信画面を見て肩をすくめた。
「いやー、典型的だね」
画面の向こうの魔王。
画面のこちらの野生児。
片方は寂しさを理屈で武装し、
片方は疲労で感情の処理能力を失っている。
噛み合うわけがない。
彼は今日の観測メモに書き込んだ。
サエキ:多忙につき感情機能停止中
ハミルトン様:感情過多につき理性停止中
「うん。実に順調にバカだね(笑)」
【直接対決】
ついにエドワードは本人へ送った。
タクミ。
お前は最近、私の扱いが雑ではないか。
以前はもっと愚かで愛想があった。
私より勉学が大事なのか?
日本。予備校帰りの電車内。
拓海は吊革につかまりながら、その文面を見た。
「……なんなんだこいつ」
眠い。肩が痛い。明日も朝六時。
だが返信しないと更に増える。
彼は短く返した。
今、憲法やってる
英国。
エドワードの眉がぴくりと動いた。
「……そうか」
数秒後。
私が憲法だ。
私がお前の世界の最高法規であることを忘れるな。
送信。
送ってから、少しだけ満足した。
【日本側の反応】
電車内。
拓海は画面を見つめ、数秒停止した。
それから小さく呟く。
「……病院、行けよ」
スマホをポケットへ戻す。
だが口元は、少しだけ笑っていた。
■ジョージ幕間(観測ログ:14-UK・察してほしい魔王編)
エドワード(待機中の彼女):
「寂しい」を「管理不足」と認識。症状は進行中。
拓海(疲労困憊の受験生):
「返信してるだけ偉い」と本気で思っている。
ジョージ(唯一の常識人):
「これ、遠距離恋愛でよく見るやつだね(笑)」
(追記)
その夜、ジョージの元へ新たなメッセージが届いた。
タクミは私の心の隙間を、公務員試験の過去問で埋めようとしている。
ジョージは天井を見上げた。
「ハミルトン様」
シャッター音。
「君、もう普通に失恋しかけの彼女なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




